夢想曲ートロイメライー
塾に着くと、先生がちょうど他の塾生達はみんな帰った後だった。
「おや夕霧君、どうしたのですか?」
「先生、ごめんなさい!」
先生の前に座るなり頭を深々と下げる。
それはもう、畳に額が付くくらいの勢いで。
「夕霧君!?突然どうしたのですか?」
「実は先程お借りした本を、川に落としてしまって……」
頭を下げたまま事情を説明する。
話している間、先生は一言も口を利かなかった。
だから余計に、怒られるのではないかと怖かった。
「大切な本だったのに、本当にすみませんでした!!」
もう一度頭を下げると、柔らかな声が落ちてきた。
「怪我はありませんでしたか?」
「え?」
「怪我をしたりはしていませんか?」
「は、はい……」
顔を上げて戸惑いながらも頷くと、先生が安心したように笑っていた。
「それは良かった。なあに、本はまた用意すれば済む話です。気にすることはありませんよ。そうだ、他にもあなたに読んで頂きたい本がたくさんあるんです。代わりに持ってきましょう」
そう言って立ち上がった先生は、本を探しに行ってしまう。