夢想曲ートロイメライー

先生は、皆の答えに一度深く頷いた。

「僕はこの状況を打開できるのは、草莽の人々だと考えています」

「……そうもう、ですか?」

聞きなれない言葉に首を傾げる。

そんな私に先生は、筆を取り出して文字を書いて見せてくれた。

「草莽とは、本来は草むら、やぶという意味で、転じて在野にいる民間の人々という意味です。草莽の人々が志を一つにして立ち上がれば、必ず異国の侵略からこの国を護ることができるはずです。そして……」

「寅次郎、いるか?」

さらに続けようとした先生の言葉は、突然入ってきた男の言葉に遮られてしまった。

先生は突然の来訪者にも笑顔を向ける。

「おや、赤川さん」

赤川と呼ばれたその人は講義室をぐるりと見渡した。

「講義中だったか。これは失礼、出直すとしよう」

そう言って踵を返した赤川さんを、松陰先生は呼び止める。

「いいえ構いません。何のご用ですか?」

「話があるんだ。少しいいかな?」

先生と赤川さんは二人で部屋を出て行ってしまう。

静かな音を立てて閉まった襖。

「今の人……誰?」

周りの皆を見回す。

塾生ではない、今まで会ったことがない人だった。

「確か、先生が明倫館にいた頃の友人じゃないかな」

そう答えてくれた九一は襖をじっと見つめたまま。
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