走れば君に届く距離
Ⅱ. 夢中
結局、その男性と目が合いそうになって、慌てて颯希は帰ってしまった。
帰りの道は随分と迷いながら帰った。
それでも、行きの道より幾分楽になったことは間違いない。

「ただいまー」
「おかえりー」

颯希は、リビングのソファにごろーんと勢いよく転がる。
あの足の動き、滑らかな跳び方。
何度も颯希の脳裏をリピートする。
「・・・きれい。」
「はい?」
気づくと目の前に妹がいた。
「急になに?『きれい』なんて」
「人の独り言聞かないでよ」
「急にお姉ちゃんがつぶやくからじゃん」
「ほっておいて、もぅー」
颯希はリビングを出た後に振り向いて
「心奪われるくらい綺麗なフォームどうやったらできるかな?」
妹に問うが、陸上に全く興味のない妹はわかってた通り「さぁー?」と返事した。
自分の部屋に戻ってベッドでごろごろしていても浮かぶことはあのフォーム。
颯希の心は完全にあの男性のフォームに支配されていた。

「颯希ー、いい加減起きなさいよ!」
母親の怒鳴り声で颯希は目を覚ました。
「ふわぁーーー
昨日あのまま寝ちゃったのか」
時計を見ると7時半。
「えっえっえっ!!朝練!!」
慌てて支度して、玄関を出る。
「行ってきまーす」

走って、学校に向かう。
浮足立って、足がハードルを跳ぶ形になって、走るというよりはスキップに近い変な走りになっていた。
学校に着いて、直接部室に向かう。
「遅れてすみません。」
着いた頃には練習は終わり頃で、結局グラウンドのランニングと片付けで終わってしまった。

「颯希が朝練遅刻なんて珍しい」と明莉が言う。
「寝坊した」
基本的に、颯希は朝練には寝坊しない。
だから、不思議そうに明莉が颯希に「夜更かししたの?」と問う。
「いや、目覚ましセットしてなかった。」
「ふーん」
「ねぇ明莉!」
「ん?」
颯希はふと立ち止まる。
「心奪われるくらい綺麗なフォームどうやったらできるかな?」
颯希の表情は真剣そのものだったが、明莉は思ったことをそのまま言った。
「颯希が奪われたんだったら、その人の真似をすればいい」
颯希は驚いた顔をした。
「颯希、心奪われるくらい綺麗なフォーム見たんでしょ?」
「なぜそれを、、、」
「颯希と何年の付き合いだと思ってんのよ」
颯希と明莉は幼馴染で小学生の頃から仲が良い。
明莉は颯希の変化にすぐ気が付く。
「よかったね、綺麗なフォームがみられて」
「あ、あかりー!!!」
颯希は明莉に飛びつく。
「ありがとう!明莉!!
あたし、頑張る!!」
「おー頑張れ、頑張れ」
明莉は飛びついてきた颯希によしよししている。

颯希はその日、一日中、夜はまだかまだかと授業も上の空で受けていた。
業後の鐘がなるとともに颯希は、部活に飛び出す。
颯希の教室に明莉が颯希を迎えに来たころにはすでに消えていた。
いつも明莉のクラスの帰りのSTは短くて、颯希のクラスは長い。
それ故、いつも明莉は颯希を待ってから、部活へ行く。
颯希のクラスにいた男子陸上部の瞬(しゅん)に明莉は「今日ってST短かったの??」と尋ねた。
「あっ明莉じゃん!今日のSTも長かったよ」
「じゃあ、颯希は??」
「颯希なら風のように消えていったぜ」
「あー」
明莉の脳裏では完全に朝やる気満々だった颯希の姿が想像できて、瞬の言葉にも納得ができる。
「ありがとう」
「おう、俺も部活いこー」
明莉は瞬と歩きながら部活へ向かった。
グラウンドに目を向けた瞬間、颯希がハードルを並べて、1人で跳んでいる。
「颯希、元気だな」
「うん、まー今日は特に?」
「へー(笑)俺も部活行くからじゃあ」
部活が始まる前なら特に1年生がハードルを使うことに関して、問題はない。
だが、部活もST後すぐ始まるので、あまり時間はない。
そこまでしても、今、颯希の中にハードルしかなかった。

「今日の颯希は一段とハードルっ子だな(笑)」更衣室に入っていく先輩たちが口ぐちに言っていく。
部活が始まり、1年生は相変わらず、基礎練習をする。
颯希はというと、いつもよりずっと真剣に先輩たちのハードルを跳ぶ姿を見ている。
その颯希の視線に気づいた先輩たちもいた。
「颯希の視線が、熱い」
「熱すぎる」
「下手に跳べんわ」
と順々に跳んでいく。
さすがに、明莉も「颯希、見すぎ」と注意したくらいだった。
部活が終わり、颯希は明莉も待たずに走って帰った。

「ただいまー」
「いってきまーす」
さっさと荷物を置いて、すぐに家をでる。
早すぎて、誰も口をはさむ余裕はなかった。

昨日は適当な道を適当に走って着いたもので、帰りも暗すぎてよくわからなかったが、分からないなりに昨日の公園にたどり着き、昨日の男性が来るのを待つ。
18時になり、19時になり、昨日会ったくらいの20時になった。
なかなか来なくて、時計の針がいつもよりもずっと遅い。
「来ないのかな、、、」
そう思い始めた20時半を過ぎたあたり、誰かの走る息遣いが聞こえて、それがだんだん近づいてくる。
公園の入り口から入ってくる外灯に照らされた人影。
颯希は待ちきれずに「教えてください!」と人影に叫んだ。
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