こちら、私の彼氏です
「そ、それはっ」

「いや、責めてるってわけじゃねぇよ」

伊山はその言葉通り、特に怒ってるわけではなさそうだったけど……。


「聞こえるように悪口言われたらムカつくけど、本人のいないところで悪口言うくらい、誰だってあるだろ」

「いや、だから悪口じゃ……」

「……俺は、福島に言われたっつぅのがなんかダメージでかくてさ」

「え?」

「ああでも、それからすぐに、お前のその態度は、仕事のことで俺にライバル意識もってるせいかなってのはわかったんだよ。だから、それは仕方ないかとも思えたんだけど」

「う、うん……」

「……でも、お前とまた距離を縮め直したいって思えなかった」

「え……?」

「お前のこと、結構本気でいいなって思ってたから、柄にもなく、そのぶん本気で傷ついちまってさ。


……あんな風にまた傷つくくらいなら、適当な恋愛して適当に過ごしてりゃいいやとか思っちまった」


……そう話す伊山の表情は、私の見たことのない表情だった。見たことのない、切なげな表情で……その表情を作り出したのがまぎれもない私自身だと思うと、胸がぎゅっと締めつけられて、苦しくなった。


……そして、伊山は。

「……お前の気持ちは、すごくうれしいよ。たぶん、今も心のどこかで俺はお前のこと……。

だけど、そうやって適当な気持ちで数年間過ごしてきちまったから……




お前のことを、また恋愛対象として見るのが怖い」



心臓を、鷲づかみされたような感覚だった。


一瞬、息をするのも忘れた。




私、フラれちゃったんだ。





「……ここ、休憩で入ったけど、どうする? たぶん受付に電話すれば宿泊に変えれると思うけど、泊まってく? 今ならまだ、終電乗れると思うけど」

部屋の壁かけ時計を見ながら、伊山が私にそう尋ねた。


「……泊まってく」

「わかった。じゃあ俺、床で寝るわ」

「いいよべつに……今さらじゃん。ベッドで寝なよ」


私はそう言って、伊山に背中を向けながら布団に包まり直した。




ーー私は大バカだ。

数年前に、伊山に対して意地を張ってしまっていた時点で、私の恋は完全に終了してたんだ。

だから、今になってちょっと素直になったくらいで、恋がうまくいくわけがなかったんだ。



……でも、最初に意地を張っていなければ。最初から伊山に対して素直に接していれば。



ーー私は今ごろとっくに伊山の恋人だった。




「……ぐす」

鼻をすする音は、たぶん、後ろにいる伊山にも聞こえてしまっていた。
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