こちら、私の彼氏です
仕事が終わって、愛理の住むアパートまでやってきた。

今日がノー残業デーなのをすっかり忘れていた。十八時前には会社から出てきてしまったため、会社近くの駅前で時間をつぶしてからここへ来た。


愛理の住む部屋の玄関の前で、少しためらう。

……追い返されたらどうしよう。でも、弘樹さんから連絡してくれてるはずだし、それは大丈夫か……。



二回深呼吸をして、ゆっくりと人差し指をインターホンにくっつける。

ぐっと力をこめると、すぐに「はーい。入っていいよー」という愛理の声が部屋の中から玄関の扉越しに聞こえてきた。

……その明るい声に、私はとりあえずほっとしたけど……でもやっぱり、緊張は消えなくて……。



「……おじゃまします」

私はゆっくりと玄関の戸を開けて、中に入った。

あれ? 男性の靴がある。弘樹さん、今日は帰りが遅くなるって言ってたのに。予定が変わって早く帰ってこられたのかな?



私も靴を脱いで、ゆっくりと廊下を歩く。

まっすぐ行った突き当たりの部屋が居間。私がこの家に来ると、愛理はいつもこの部屋にいる。



「……愛理、開けるね」

私はそう言って、そっとふすまを開けた。



「ゆうちゃん、いらっしゃいー」

こたつに入った愛理は、私に笑顔でそう言ってくれた……。



「愛理……」

なんて言ったらいいかわからなくて、頭の中で必死に言葉を探す。

でも、答えがわからなかった。



……それと同時に、答えなんてわからなくていいとも思った。

たとえ正しい答えがあったとしても、私はそんな模範解答を伝えるためにここに来たわけじゃない。


私が伝えたかったのは、


“好き”っていう気持ちを愛理に伝えるためだ。
伊山でもほかの誰でもない、親友の、愛理に。そのために、私はここに来たんだから。




「愛理……ごめんね」

言葉に正解なんてないけど、だからこそ私は自分の気持ちをただただ思ったままに愛理に伝える。


私のニガテな、素直になるっていうこと。


素直さが私らしくないとか、今さら素直になったって手遅れだとか、そんなことは思わない。


たとえ自分らしくなくたって、たとえ手遅れだって。今はこれが、一番大切なことだってわかるから。
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