最果てでもお約束。
それは白球。高校球児達が血眼になって追っているという、アレ。
この時ぼくの情報処理能力は生まれて来た中で最高の状態になる。
事故の直前世界がスローモーションになるといわれている、あの状態だ。
白球の縫い目までばっちり見えた。赤色の縫い目。それは白球は白球でも、文字通り柔らかい軟球では無く、これまた文字通り硬い硬球。
それがゆっくりとゆう目掛けて飛んでくる。ゆうはこっちを向いて、いつもの何を考えているんだかわからない、けれどぼくにだけわかる笑顔で立ったままで。
おい、危ないぞゆう。
いつもそう言ってから行動してるんだ。だからその時もそう言おうとした。
けれどぼくの口は微動だにせず、ただ硬球がゆっくりとゆうに向かって進むだけ。
言葉は駄目だ。もうぼくがなんとかするしかない。
楽勝に見えたんだ。あんなにゆっくり進んでいる硬球だ。ゆうと硬球の間に手を入れるなんて、どうってこと無いと思った。
でも、体はまったく動かなかった。
めきんっ、と音を立てて硬球がゆうの左足首に突き刺さる。ゆっくりと表情の変わるゆう。ゆっくりと崩れ落ちる―
「ゆう!」
やっと体が動き出したのは、ゆうが完全に地面に伏せってからだ。
脳が今必要な事を経験やら知識やらから抽出する。
担架の作り方、担架の無い場合、上着を使って倒れた人を救助。
一番先に浮かび上がってきたのはさっき聞いたばかりの音。
めきんっと音が鳴った。これは通常ではない。通常、例え硬球でも筋肉に当たればどちらかと言えばゴムを叩いたような音がするはず。
けれど、さっきの音。レンガを割ったような音。つまりそれはどうやらゆうの骨が折れているらしく、つまりもう走る事はおろか歩く事も困難な訳で・・。
硬球の飛んできた方向から人が駆け寄ってくる音がする。遠くで、近くで。
ぼくはどうすればいいかわからなくて、いつものようにゆうに聞いた。
「ゆう・・どうしよ・・・」
足の震えが止まらない。ゆう、いつものように明確にぼくがやる事を、ぼくがやるべき事を教えてくれ!
「こう・・・逃げて・・・」
「はぁ!?」
意味がわからなかった。なんだそれ。逃げてってお前、走れないじゃんか!
「・・・一人で神社を抜けて、そのまま森に」
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