最果てでもお約束。

その笑顔があんまりにも無邪気だったものだから、ついつい見とれていた。
「連れ、救急車呼んだ方がいい」
彼はもう先程の笑顔では無く、どこか寂しさを感じさせる無表情で呟く。
ぼくはその言葉ではたと我に返り、急いで救急車を。
呼ぼうと思ったけれど、何台呼べば良いのかわからない。1人1台だとすると、5台？
しかし、ゆうをこんな目に合わせた連中を助ける意味が納得出来ない。
放っておこうかと思ったが、どうにもおかしい。少し時間が経つけれど、彼に倒された連中が１人も意識を取り戻さないからだ。
「放っておけ。電話していた奴の仲間が拾いにくる」
彼はそう言って自分のジージャンの裾で鉈に付いた汚れを拭き取る。
結局ぼくはゆうの為だけしか、救急車を呼ばなかった。

「何故助けたか？さっき言ったろう。本の題名の読みを教えて貰いたかったんだ」
東の宮に上がる石の階段に腰掛けて、鉈を見つめながらなんでもなさそうに言った。
「それに、奴等は真睡の連中だろう？」
綺麗になった鉈でぴっと倒れている連中を指す。足を斬られた奴のみ止血処理を施してある。
嫌いなんだ、と。ぼそりと言ったその眼にはまたあの凶灯が。
ぼくとしてはその眼が恐ろしかったけれど、救急車より先に連中の仲間が来るのも怖かった。だから、彼には出来るだけここにいてもらわないと。
「うたた寝町に住んでる。家族は・・・あの日に」
全員失ってしまったらしい。あの日に家族を失った人は多いが、全員失ってしまった人は実は少ない。
うたた寝町と東の宮・・・正式にはまどろみ町に合せて5つある”喪失点”と呼ばれる近隣の家だけだ。
「これ、読んだ事あるか？」
唐突にポケットからさっきの本・・・細雪を出す。
「いや・・・無い・・です」
「そうか・・・少し、寂しいな」
そう言って彼は石の階段から腰を上げる。
遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
「もう、大丈夫だろう」
ぼくの魂胆なぞ、全て見透かされていた。
彼は来た時と同じように、その背中を揺らしてどこかに去ろうとする。
「名前を」
彼は立ち止まらない。ただ
「久しぶりに人と会話をした」
と言って手を上げただけだった。

結局ゆうには、指2本が動かしにくくなる障害と、左目の視力喪失の診断が下された。