平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「お弁当屋さんの味だ」
違和感を感じる前の、懐かしいあの味がここにある。
食後の番茶を持っき来てくれた彼女を捕まえて、思わず尋ねてしまった。
「あの。ご主人、このお店の前はどちらに?」
「主人? ああ、店長のことですか」
突然話しかけたわたしに、女性は長い睫毛で風が起こりそうなほど目をぱちくりさせた。
「このお店を開く前は、仕出し屋さんで働いていたんですよ」
「やっぱりっ!? もしかして辰樹(たつき)屋さんですか?」
「えっ、なんでご存知なんです?」
「そこ、ウチの会社に入っているお弁当屋さんなんです」
わたしの言葉にさらに大きく目を見開くと、彼女は厨房に向かって声を上げた。
「晃(あきら)ちゃん! こちらの方、辰樹屋のお得意様なんだって」
「え? いえ、お得意様というわけでは……」
このところ自分は注文していないとは言い難くなってしまう。
ごにょごにょと口の中で声にならない言葉をこもらしていると、藍染めの暖簾をくぐって店長さんが厨房から現れる。
その長身に一瞬息が詰まった。
前髪を後ろに流し料理人らしくスッキリと額を出した髪型にはおかしな方向を向いている跳ねもないし、カミソリ負けひとつないツルツルの顎。少し野暮ったくも見えた眼鏡さえないけれど。
穏やかに下げた目尻にできる笑い皺。
アキラ、と呼ばれた店長さんは、今朝ゴミ置き場で大家さんに紹介された彼だった。
「希(のぞみ)。お客さんがいるのに、なに店で大声出してんだよ」
苦笑を浮かべた店長さんが、客席に座るわたしに向けて軽く頭を下げる。
「すみません。やかましくって」
「いえ、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。それと、朝はきちんとご挨拶できなくて……」
すみません、とわたしも頭を下げる。店長さんは訝しげに目を細めてから、「あぁ」と白い歯を見せた。
「空き缶の! こちらこそ、朝の忙しい時間に引き留めちゃって」
「なになに? 晃ちゃんの知り合いだったの?」
わたしたちの間で視線を行ったり来たりしている希さんに、店長さんが手短に朝の出来事を説明する。それを聞いて「なんだ、そうなの」と笑い合うふたりが纏う、ほっこりした雰囲気はとても似ていた。
違和感を感じる前の、懐かしいあの味がここにある。
食後の番茶を持っき来てくれた彼女を捕まえて、思わず尋ねてしまった。
「あの。ご主人、このお店の前はどちらに?」
「主人? ああ、店長のことですか」
突然話しかけたわたしに、女性は長い睫毛で風が起こりそうなほど目をぱちくりさせた。
「このお店を開く前は、仕出し屋さんで働いていたんですよ」
「やっぱりっ!? もしかして辰樹(たつき)屋さんですか?」
「えっ、なんでご存知なんです?」
「そこ、ウチの会社に入っているお弁当屋さんなんです」
わたしの言葉にさらに大きく目を見開くと、彼女は厨房に向かって声を上げた。
「晃(あきら)ちゃん! こちらの方、辰樹屋のお得意様なんだって」
「え? いえ、お得意様というわけでは……」
このところ自分は注文していないとは言い難くなってしまう。
ごにょごにょと口の中で声にならない言葉をこもらしていると、藍染めの暖簾をくぐって店長さんが厨房から現れる。
その長身に一瞬息が詰まった。
前髪を後ろに流し料理人らしくスッキリと額を出した髪型にはおかしな方向を向いている跳ねもないし、カミソリ負けひとつないツルツルの顎。少し野暮ったくも見えた眼鏡さえないけれど。
穏やかに下げた目尻にできる笑い皺。
アキラ、と呼ばれた店長さんは、今朝ゴミ置き場で大家さんに紹介された彼だった。
「希(のぞみ)。お客さんがいるのに、なに店で大声出してんだよ」
苦笑を浮かべた店長さんが、客席に座るわたしに向けて軽く頭を下げる。
「すみません。やかましくって」
「いえ、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。それと、朝はきちんとご挨拶できなくて……」
すみません、とわたしも頭を下げる。店長さんは訝しげに目を細めてから、「あぁ」と白い歯を見せた。
「空き缶の! こちらこそ、朝の忙しい時間に引き留めちゃって」
「なになに? 晃ちゃんの知り合いだったの?」
わたしたちの間で視線を行ったり来たりしている希さんに、店長さんが手短に朝の出来事を説明する。それを聞いて「なんだ、そうなの」と笑い合うふたりが纏う、ほっこりした雰囲気はとても似ていた。