平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
 ◇ ◇ ◇

今朝の出勤時に、マンションのエントランスで待ち伏せしていた晃さんから渡された包みを開いた。

「手作りのお弁当なんて珍しい」

吉井さんが、女子にしては少し大きめのお弁当箱を興味津々に覗きこむ。

「はぁ。節約しようと思って」

まさかバイトの報酬ですとは言えません。キャラ弁とかだったらどうしよう。ごまかす言葉を考えながら、ひきつった笑顔でおそるおそる蓋を開けた。

「美味しそう」

感心したような声が先輩から漏れる。
いままでせいぜいボール型おにぎりくらいだったわたしが、赤・緑・黄色。彩りも見事なお弁当を持参したことを少し訝しんだようだ。
だけど、女のわたしが誰かからの貢ぎ物をもらったというのには無理があると思ったらしい。

「私の知らない間に料理教室にでも通い始めた、とか? ハッ! ひょっとして花嫁修業っ!?」
「違いますよ。……えぇっとその、近所の人に教わってるんです」

思わずついた出任せだけど、それもいいなと思い始めた。
晃さんの味が自分でも再現できるようになったら最高だ。橘亭に通わなくても、毎日美味しいご飯が食べられる。

――でもそれはそれで、ちょっと寂しいかな。

ほんのりと甘い玉子焼きを食べながら、ぼんやりそんなことを考えていた。

食べ終わったお弁当箱を給湯室で洗い、包み直す。自分のデスクに戻って、机の上に常備している付箋を1枚取った。

『ごちそうさま。とても美味しかったです。今日も玉子焼きは絶品でした!』

と、書き込んでお弁当箱にぺたりと貼り付ける。ついいつもの習慣でネーム印を押してしまったけど、まぁいいか。

お腹いっぱいで睡魔に襲われそうだけど、午後もお仕事がんばりましょう!

ぐんっ、と伸びをして気合いを入れたところへ、全社員に招集がかかる。
「なんだろね?」と吉井さんと訝しみながら、さっきまでお昼を食べていた会議室へ逆戻りした。
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