平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
営業などで外に出ている人を除いて、社員だけでなくパートさんまでもが一堂に集められた会議室は、さすがにすし詰め状態。ゴールデンウィークを過ぎたばかりなのに、人いきれで薄らと汗ばんでくる。

「まさか社長になにかあったんじゃないか」

そんなイヤな勘ぐりが囁かれはじめたときだった。カチャッとドアノブの回る音がして扉が大きく開かれる。

「全員集まったかな」

園田部長が入ってきて注目を集めると、その後ろから営業の関戸部長が押す車椅子が現れた。

「社長っ!?」

しばらくの間、驚きと喜びで場がざわめく。にこにことそれに応えている社長は、ちょっとだけ痩せたみたい。
やがて、関戸部長の手を借りてゆっくりと立ち上がると、ペコリと頭を下げた。とたんに鎮まる会議室。

「みなさん、心配をかけてすまなかったね。仕事の方でも、ずいぶんと迷惑をかけてしまっただろう? 申し訳ない」

もう一度深く頭を下げると、車椅子に再び腰を下ろす。やっぱり動くのは少し辛そうだった。

「今日は、一時帰宅している間に一言挨拶をしておかなくてはと思って、寄らせてっもらったんだよ。忙しいところ、集まってもらってすまないね」

小室社長は開け放たれたままになっていたドアの向こうへ顔を向けると、こくりと頷いた。それが合図だったようで、一人の青年が中に入ってきて社長の傍らに立つ。

「息子の脩人(しゅうと)だ。本当は、もっと外で荒波に揉まれてから呼ぼうと思っていけれど、今回のことで、私もいままでのようにはいかなくなってしまったからね。ここで仕事を手伝ってもらうことにしたよ」

社長は脩人さんの背を押して挨拶を促した。

「小室脩人です。この春、大学を卒業したばかりの若輩者ですが、よろしくお願いします」

「本当に社長の息子さん?」と疑いたくなるような真新しいスーツ姿は細身で、腰を直角に曲げてお辞儀をする様子は、初々しくて爽やか好青年。
まん丸のよく動く大きな小動物っぽい眼は父親似と言えるけど、顔全体の造りのクオリティが違いすぎる。
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