平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「いたじゃない。イケメン御曹司」

小声で隣の吉井さんに脇腹を突かれた。

「御曹司って……」
「だって社長の息子でしょ。ダメ?」

世間一般でいう御曹司って、自家用ジェット持ってるとか常にSPが貼り付いているものじゃないの?。
だってあれは、どちらかといえばまだ学生の殻をひっつけた――そう! 『おぼっちゃま』だ。

自分で自分の閃きに思わず笑いを零してしまう。それほど大きくなかったはずなのに、なぜか脩人くんの視線と、慌てて口を手で覆ったわたしのそれとがぶつかった。

彼はあからさまに口をへの字に曲げる。その瞬間、取り澄ましていた顔がいたずらがみつかった子どものように変わっていた。

「ほぅら、化けの皮が早くも剥がれた」と言わんばかりに目を眇めてみせれば、今度は目元をほんのり朱くしてプイッと顔を逸らした。

あらぬ方向を見ている息子に気づいた社長に袖を引かれ、焦ったようにまた元の澄まし顔に戻して前を向く。

「見ての通り、右も左もわからないようなひよっこで申し訳ない。どうか、遠慮無くびしびし鍛えてやって欲しい」

苦笑を浮かべながら言うと、社長は車椅子の上からまた頭を下げていた。


今年度の新入社員は、少し時期がずれた脩人くん一人だけ。
さっそく営業に配属されて、社長の希望通りにみっちりと仕込まれているみたい。たとえ次期社長候補だとしても、だからこそ、手加減をしないあたりは皆さんさすがだ。

とはいえ、渋い採用状況が続いていたところへやってきた久し振りのフレッシュマン。
パートのおばちゃんたちや、ようやく後輩ができたと喜んでいる篠原(しのはら)くんが、何やかやと世話を焼いている。

一方、おぼっちゃま――もとい、脩人くんは、どこで身に着けたのかそつのない社交性で、あっという間に社に馴染んでいった。

ただし、『わたし以外に』だけど……。
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