平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「北村さん。真田様にシステムキッチンの資料、送ってくれました?」
「あ、ごめん。まだなの。午後に郵便局に行くから、そのときに出そうと思って」

とたんに鳴ったチッという舌打ちは、たぶんわたしにしか聞こえていない。

「これだから、オバさんはフットワーク悪くって困るんだよな」
「はぁ? なんか言った?」

だいたい頼まれたのは、今日の朝だったじゃない。急ぎなら自分で出せっての。

ここは先輩らしく心の声をぐっと呑み込んで、そこら辺のアイドルにも引けを取らない顔を睨め上げる。
このベビーフェイスにみんなコロッと騙されてるんだ。

「それと、男子トイレの電球が一つ切れています。取り替えておいてもらえます?」

ブチッとなにかが切れる音がした。椅子のキャスターを滑らせて立ち上がり、キッと顔を上げた。

「わたしは何でも屋でも、キミのお母さんでもないの。気づいたなら電球くらい自分で替えなさいよ。もう社会人なんだから、それくらいできるでしょう!?」

わたしよりはゆうに15センチは高い位置にある小さな頭を指差した。

「っ! と、とにかく、郵送は今日中にお願いします」

勝った。逃げるように立ち去る彼の背中にベェーと大人げもなく舌を出す。
くすくすとした笑い声があちらこちらから聞こえてくる。

「お母さんというより、姉弟ゲンカみたいね」
「止めてください。あんな生意気な弟なんていりません」

やれ、トイレットペーパーが切れているだの、社用車のガソリンが残り少なかっただのと、どうしてだか、わたしにばかりなにかにつけて絡んでくる。

「年が近いから、懐かれているんじゃないの?」
「だったら、篠原くんのほうが二歳しか違わないじゃないですか」

彼からしたら、四つも年上は『オバさん』らしいし。

「まあまあ。今度の金曜日の夜は彼の歓迎会なんだし、じっくり親交を深めてみなよ。もちろんタダ酒だからさ」
「あぁ、そんなのもありましたね」

わたしは棒読みで応えながら、真田様に送るカタログの準備を始めた。
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