平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「いくつに見える? なんて合コンみたいなこと言ってもしょうがないか。今年、35」

いつも通り、柔らかな弧を描く目尻に小さなシワを刻んで答えてくれる。

「へぇ。まだ30才ちょっとだと思ってました。――希さんは?」

それこそまだ20代にもみえるんですけど。

「え? もちろんいっしょだよ。もうすぐ35」
「そうなんですかっ!? ぜんぜん見えない! 若い!! じゃあ、同級生だったとか」
「中学まではね。高校からは別々の学校だったな」

ふぅん。ということは、幼なじみとかなのかな。
だから、阿吽(あうん)の呼吸っていうの? オーダーが出来上がるタイミングがわかったり、使おうとしている食器がさり気なく用意されていたりということができるのかもしれない。

知り合って数ヶ月のわたしが、とうてい敵うはずないじゃない。……敵う? 誰が、誰に? 何のため?

鈍くなってきた頭に浮かんだ思考を、清水(せいすい)で洗い流すようにグラスを空ける。

「もう1杯、ください」

半分閉じかけた目で晃さんにお願いすると、困ったように眉を八の字に下げた。

「勧めておいてなんだけど、大丈夫?」

まったく酔いなど回ってなさそうなのに妙に色気のある声が、さらにわたしの思考を鈍らせる。

「大丈夫です。あと1杯だけ。そうしたら、諦めます」
「じゃあこれで最後。そんなに気に入ってもらえるなんて、嬉しいな」

だいぶ中身の減った瓶を傾けくすりと小さく造った彼のた笑みが、ふわふわと曖昧だったわたしの気持ちに名前を付けてしまった。

「好き、みたいです」

最後の1杯を大切に、ちびちびと舐めながら想いを零す。
楊枝に刺した黄色いたくあんを口に入れようとしていた晃さんの手が固まった。

「礼ちゃん?」
「わたし、このお酒好きです」

両手に包んだグラスの中で揺れる水面に視線を落としたまま言うと、晃さんがほっと息を吐くのがわかった。

そうだよね。わたしのこんな気持ちなんて、彼には負担にしかならない。

だけど、お酒の力が間違った方向に働いた口は勝手に動き出す。

「この味噌煮も、イカ大根も好き。お弁当にいつも入れてくれる甘い玉子焼きも好き。晃さんが作ってくれる料理が、好き。――大好きなんです」

カムフラージュされたわたしの言葉に、彼は上手くごまかされてくれただろうか。恐る恐る、窺うように顔を上げた。

「ありがとう。嬉しいよ」

晃さんは手を伸ばし、わしわしと美味しい料理を作り出す手でわたしの頭を撫でる。

「本当だ。年下の子に褒められても、こんなに嬉しくなるもんなんだ」

仔犬を可愛がるように動かされる暖かな手に、髪がぐちゃぐちゃになるのも構わず、されるがままに目を瞑った。

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