平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
 ◇ ◇ ◇

トントントン。リズミカルな音に意識が浮上するけど、まだ目が開かない。ぬくぬくと身体を包んでくれるのは、毛足の長い毛布。

ウチの毛布ってこんなに温かかったっけ?

漂ってくる昆布出汁の良い香りに、もそもそと温もりから顔だけ出してみる。

げっ!
飛び起きると、脳みそを揺さ振られたような気持ち悪さに思わず頭を抱えた。そのまま自分の周りを見渡せば、よく知った場所ではある。

座卓は縦に起こして端に寄せ、敷き布団代わりに座布団を三枚並べられたそこは、橘亭の座敷席だった。
掛け時計が示す時刻は九時二十三分。午前だよね、たぶん。

かけられていた毛布を畳んで、念のため服の乱れをチェックする。もちろん、脱がされているのは靴だけだった。
まあ、髪と顔は酷いものだけど。必死で手櫛で撫でつけ、どうにか体裁を整えた。

「おはようございます」

びくびくしながら厨房に挨拶すると、すっかりお仕事バージョンのすっきり爽やかな笑顔の晃さんがいた。
なんで、今日に限っていつものもっさり寝起き姿じゃないの? 自分との格差に打ちひしがれる。

「おはよう。身体、辛くない?」
「うっ。ちょっと二日酔いかも。っていうか、すみません。ご迷惑かけたみたいで」

昨日の夜。頭を撫でられて、その暖かさにほんわりとして――。

「ビックリしたよ。電池が切れたみたいに爆睡しちゃうから。さすがに勝手に部屋を開けて運ぶのはマズいと思って。あんな所でごめん」
「いえいえ、とんでもない」

首をブンブン振ると、くらっと視界が歪む。ああ、完璧に二日酔いだ。

「朝飯、食べられそう?」

私の顔を覗きこみながらテーブルに食器を並べる。酷い顔を見られたくなくて思わず顎を引いた視線の先には、梅干しの乗ったお粥に、シジミの味噌汁。だし巻き玉子には、大根おろしが添えてあった。

「……いただきます」

包丁の音とお出汁の香りで目覚めるなんて、年頃の女子としてなにかが違うだろうという自身への突っ込みは、この際止めておこう。

お米に味噌汁の朝ご飯なんていつ以来だろう。熱々のお粥を冷ましながら胃に落とす。
二日酔いで普通なら受け付けないはずなのに、優しい味がじわりと染み渡っていった。
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