平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「おはよう! あれ、礼子ちゃんだ。今日は早いのね」

元気にドアを開けて入ってきた希さんに、飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになってどうにか堪えた。

「ごほっ。お、おはようございます」

あきらかにバイトに来たという格好でないわたしとテーブルに並ぶ朝食に、訝しげな眼で問いかける。

「礼子ちゃん、もしかして朝帰り?」
「はっ?いえ、あの、そのぉ」

晃さんは昨夜のことを話していないのだろうか。だったら、余計なことを言って希さんに在らぬ誤解をさせてはいけない。

「昨日、会社のみんなとハシゴしちゃって。最後はカラオケで徹夜です。そんなんでお店の前を通ったら、晃さんが朝ご飯をごちそうしてくれて」

ですよねっ? と同意を求めれば、なぜか困惑気に眼を瞬かせる。
せっかく隠そうとしているのに、そんなんじゃバレちゃいます。妊婦さんにストレスは大敵です。

「ごちそうさまでした。一度帰って、支度してきますね」

食器を重ねてシンクまで運ぶと、荷物を抱えて出口へ向かう。

「礼ちゃん!」

晃さんに呼び止められてビクリと肩を揺らせば、いつも通りのほわりとした声。

「今日は夕方からで構わないから、ゆっくり休んで」
「でも」

土曜日のランチ時は家族連れが多く、そこそこ忙しくなるのに。

「大丈夫よ。なんか、すごい疲れている顔してるもの」

希さんにまで心配そうに言われて、チクリと胸を刺す罪悪感に、メイクも落としていない顔を隠すように手を当てる。たしかに少しむくんでいるかも。

「すみません。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

肩を並べるふたりに頭を下げ、よろよろと外へ出ると初夏の明るい陽差しが目に痛い。

自宅へ戻ったわたしは熱めのシャワーを頭から浴び、グルグルと頭の中を巡る思考を追い出して、ベッドに潜り込む。
いまごろドキドキと騒ぎ始めた鼓動に眠れないかと思ったけれど、うるさい心臓を抱えるように丸まっていたら、いつの間にか夢も見ないほど深い眠りについていた。
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