平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
マンションの前に静かに停車した車の中で、こっそりとため息を吐き出した。
これ以上なく気まずい雰囲気を引きずったまま動物園をあとにしたわたしたちは、雨音が遮られた車内でも必要最低限の会話しか繋げず。ようやく自宅前に着いたことに安堵したせいだ。
「なんか、本当にごめんね」
彼に謝るのは今日何度目だろう。だけどほかの言葉がみつからない。
「いえ、こっちこそ無理を言ってすみませんでした。定食屋で働いていたこと、俺は副業だと思ってませんから安心してください。もちろん社に言いつけたりもしません」
「……ありがとう。じゃあ、気をつけて帰ってね」
重たいドアを開けて外に出る。エントランスまでのほんの数歩でもしっとりと濡れてしまいそうな雨は、雨脚は弱まったもののなかなか止む気配がない。
建物の中に入ろうと急ぐわたしの腕が、急に後ろに引かれる。勢いでそのままよろけた背中を支えてくれたのは、脩人くんの見た目より広い胸だった。
「すみません。でもやっぱり、言っておこうと思って」
耳の後ろから囁かれた声が、止まない雨音をかいくぐってわたしに届く。脩人くんに落ちた滴が、彼の髪を伝ってわたしの首筋に滴った。
「礼子さんがあの人を忘れられないように、俺もあなたのことを簡単に諦めるなんてできませんから」
それだけ言うと、すぐに車に戻って飛沫を上げながら走り去っていく。
冷たい雨に打たれたままそれを呆然と見送っていると、ふいに雨滴が遮られた。
「こんなところに立ったままじゃ、濡れて風邪をひいちゃうよ」
雨の代わりに降ってきたのは、穏やかな、だけどなぜだか少し棘を感じる晃さんの低い声だった。
これ以上なく気まずい雰囲気を引きずったまま動物園をあとにしたわたしたちは、雨音が遮られた車内でも必要最低限の会話しか繋げず。ようやく自宅前に着いたことに安堵したせいだ。
「なんか、本当にごめんね」
彼に謝るのは今日何度目だろう。だけどほかの言葉がみつからない。
「いえ、こっちこそ無理を言ってすみませんでした。定食屋で働いていたこと、俺は副業だと思ってませんから安心してください。もちろん社に言いつけたりもしません」
「……ありがとう。じゃあ、気をつけて帰ってね」
重たいドアを開けて外に出る。エントランスまでのほんの数歩でもしっとりと濡れてしまいそうな雨は、雨脚は弱まったもののなかなか止む気配がない。
建物の中に入ろうと急ぐわたしの腕が、急に後ろに引かれる。勢いでそのままよろけた背中を支えてくれたのは、脩人くんの見た目より広い胸だった。
「すみません。でもやっぱり、言っておこうと思って」
耳の後ろから囁かれた声が、止まない雨音をかいくぐってわたしに届く。脩人くんに落ちた滴が、彼の髪を伝ってわたしの首筋に滴った。
「礼子さんがあの人を忘れられないように、俺もあなたのことを簡単に諦めるなんてできませんから」
それだけ言うと、すぐに車に戻って飛沫を上げながら走り去っていく。
冷たい雨に打たれたままそれを呆然と見送っていると、ふいに雨滴が遮られた。
「こんなところに立ったままじゃ、濡れて風邪をひいちゃうよ」
雨の代わりに降ってきたのは、穏やかな、だけどなぜだか少し棘を感じる晃さんの低い声だった。