平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「すみません。午後一で振込みを頼まれているんでした」
湯飲みを片付けながら私が言うと、吉井さんが残りの後片付けを引き受けてくれた。
「行ってらっしゃい、気をつけて」という声とひらひらと振られた手に見送られて、いったん荷物を取りに部署に戻る。
ついでにと備品類の買い物も頼まれてから社用車のキーを借りて玄関に向かう。
ガラスの扉に手をかけたところで、「おっ!」と後ろから声がかかった。
「北村くん、お使いに行くのかね?」
まだ三月の始めだというのに薄らと額に汗を滲ませ、オーダーメイドのはずのスーツのボタンが弾けそうなお腹を揺らしながらペンギンのように歩いてくる。
「はい。なにかありますか? 小室社長」
「うん。社長室のコーヒーに入れる砂糖が切れてしまってね。ついでに頼むよ」
「えっ、もうですか? この前、足しておいたはずですけど」
社長室にあるコーヒーメーカーの横に新品のスティックシュガーのお徳用袋を補充してから、まだ十日も経っていないはず。
「だってあれ、ちょっとずつしか入っていないじゃないか。一杯に何本も使うからすぐなくなっちゃうんだよ」
私は思わず、社長のでん! と張り出したお腹に視線を下げてしまった。
社長の甘党は有名で、去年の健康診断でイエローカードをもらったという話は、この会社の社員全員が知っている。だからせめて、コーヒーの砂糖くらいは節制してもらおうと3gの個包装にしたのに。
「わかりました。いっしょに買ってきます」
自分のささやかな気遣いがまったくの無駄になっていたことに落ち込みながら、やけに重たく感じるガラスのドアを押し開いた。
湯飲みを片付けながら私が言うと、吉井さんが残りの後片付けを引き受けてくれた。
「行ってらっしゃい、気をつけて」という声とひらひらと振られた手に見送られて、いったん荷物を取りに部署に戻る。
ついでにと備品類の買い物も頼まれてから社用車のキーを借りて玄関に向かう。
ガラスの扉に手をかけたところで、「おっ!」と後ろから声がかかった。
「北村くん、お使いに行くのかね?」
まだ三月の始めだというのに薄らと額に汗を滲ませ、オーダーメイドのはずのスーツのボタンが弾けそうなお腹を揺らしながらペンギンのように歩いてくる。
「はい。なにかありますか? 小室社長」
「うん。社長室のコーヒーに入れる砂糖が切れてしまってね。ついでに頼むよ」
「えっ、もうですか? この前、足しておいたはずですけど」
社長室にあるコーヒーメーカーの横に新品のスティックシュガーのお徳用袋を補充してから、まだ十日も経っていないはず。
「だってあれ、ちょっとずつしか入っていないじゃないか。一杯に何本も使うからすぐなくなっちゃうんだよ」
私は思わず、社長のでん! と張り出したお腹に視線を下げてしまった。
社長の甘党は有名で、去年の健康診断でイエローカードをもらったという話は、この会社の社員全員が知っている。だからせめて、コーヒーの砂糖くらいは節制してもらおうと3gの個包装にしたのに。
「わかりました。いっしょに買ってきます」
自分のささやかな気遣いがまったくの無駄になっていたことに落ち込みながら、やけに重たく感じるガラスのドアを押し開いた。