平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「礼ちゃん、よく聞いて。ヤツの半径一メートル以内に寄っちゃダメだ。おバカ菌に冒されるから」
「三十年来の親友より、できたばっかの彼女かよ。ひっでーなぁ」

そう悪態を吐く口元は楽しそうだ。
わたしはといえば『彼女』という響きと、晃さんの「当たり前だ」という宣言に、顔の熱がぶり返す。

「なんだ、つまんねーの」

一樹さんは空いていた晃さんのコップに縁まで日本酒を注ぐと、グイッと呷った。

「んー、やっぱ、祝酒は旨いね。礼子ちゃんも呑みなよ。まだイケるんでしょ?」

まだ残っているわたしのグラスにもなみなみと注ぎ入れる。

「ありがとうございます。でもあんまり呑むと……」

ものの見事に酒に呑まれて醜態を晒したことは、まだ記憶に新しく。ちらりと晃さんを窺い見れば、新しいグラスを取ってきた彼の口の端が緩やかに上がり、艶やかな笑みを象った。

「大丈夫だよ。もし寝ちゃっても、今度は俺の部屋まで運んであげるから。安心して?」

うぅ、安心できません。

それでも、芳醇な香りのお酒と晃さんがちゃちゃっと作る美味しいおつまみ、途切れることのない楽しい会話から独り抜け出すのはもったいなさ過ぎて。

けっきょくザルのふたりに付き合って、一升瓶が2本空っぽになるまで『ひかり(仮)ちゃん、お誕生祝い』を続けた。

それから念のため。
今回はちゃんと、自分の部屋のベッドまで戻りましたからねっ!
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