平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
 ◇ ◇ ◇

「それで、豪華弁当の復活ってわけなんだ」

明くる月曜のお昼休み。休憩室の片隅で、吉井さんに事の次第を手短に説明していた。
バイト云々のくだりは念のためオブラートに包んだけれど。

「それにしても、そんなドラマみたいな出逢いって本当にあるもんなのね」
「富豪でも有名人でもない普通の人だし、そんなロマンチックなものじゃないですよ。あ、けど彼って背が高くってモデルみたいにスタイルが良いんです。顔はね、癒やし系になるのかな? 煮込み料理を作っているときに鍋を見つめる瞳がすっごく優しくて。なのにときどきドキッとするくらいに色っぽい目になったりして」

いつの間にか惚気にすり変わっていたわたしに、吉井さんは呆れつつも生暖かい笑みを送ってくれる。

「ほらね。『思い出の味と劇的な再会』とか『道ならぬ恋に悩んでひっそりと身を引こうとする』なんて、そのまんまじゃない」
「そ、そうですかね?」

あらためて他人から言われると、ものすごく恥ずかしい。

だけどもし、わたしの身に起きたことが夢にまでみていたドラマチックな展開だったとしても、当事者としてはテンパっていてそんなことを考えている余裕などなかったはずだ。

実際、自分の思い込みに振り回されて、独りでジタバタしていただけのような気がする。あんなに変わらない日常に飽き飽きしていたくせに、いざとなるとうじうじと悩むことしかできなかったなんて不甲斐ない。

蓋を開けたお弁当を見て、ふと思い至る。

もしかしたら、なんの変化もない平凡な日なんてないのかもしれない。毎日同じことの繰り返しだと思っていても、その実、何もかもがまったく同じ日なんてあり得ないのだから。
晃さんの作るお弁当が、同じようでいて毎回少しずつ違うように。

「それで? 恋愛小説お約束の『恋敵』、おぼっちゃまくんは潔く身を引いたの?」
「えぇ、たぶん……」

いちおう今朝、脩人くんを捕まえて、彼が独身だったことと想いが通じたことを話したのだけれど、なにせ始業前の慌ただしい時間だったから、ちゃんと伝わったかどうかは定かではなく。
近いうちにちゃんと落ち着いて話す機会を設けなければ、とは思ってはいる。

「まあ、三つの袋の内の胃袋を掴まれちゃったんじゃ、ガキんちょには太刀打ちできないよね」
「吉井さん、それ本来なら女の人が掴むほうなんですけど」

結婚式の定番スピーチを持ち出され、しかも事実だから、なんとなく情けない。よし! もっと本格的に料理を教わろう、と心に誓う。
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