平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
ふわぁとまた、一粒の生理的涙とともに欠伸が出たところで、エレベーターが到着を告げた。

「おはようございます。遅くなってすみません」

夏らしく涼しげなフレンチスリーブのオレンジ色のワンピースが、晃の気を緩めるとくっつきそうな目に眩しい。
近頃、彼女の服装が年相応の明るいものに変わってきたように感じていた。
晃は喜ばしく思う反面、年の差のある自分が横に並ぶことを嫌がられはしないかと、少し心配になってしまう。

「おはよう。今日も暑くなりそうだから気をつけてね」

細めた目でランチバッグを渡すと、彼女が重そうに持っていた段ボールの束を持った。

「ああ、今日は古紙の日だったっけね。ついでがあるから出しておくよ」
「でも、晃さんも忙しいのに悪いです」
「大丈夫、気にしないで。ほら、電車の時間があるでしょ?」

遠慮してまとめた紐から手を離さない彼女の腕にある時計に目を落として晃が急かせば、「あっ」手を放した。

「ほら、いってらっしゃい」

空いている方の手を振ると、彼女はほんの一瞬だけ寂しそうな顔をして頭を下げる。

「すみません、じゃあお願いします。あの……ありがとうございます、お弁当も」

今度はほんのりと頬を朱くした彼女の頭に振っていたはずの手のひらを乗せた。

「じゃあ夜に、ね」

すっと髪に手を滑らせ、小さな頭を抱き寄せたくなる気持ちを抑えて送り出す。

「はい。いってきます」

小さく手を振って駅へと向かう彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、段ボールの束を抱えてゴミ置き場に向かった。
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