平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
お盆休みの時期のせいか、ランチの客層はビジネスマンよりも家族連れのほうが多かった。

『本日のおすすめ定食』のメインを、イカフライにしたのは正解だったようだ。
柔らかい身へさらに細かく切れ目を入れておいたので、子どもたちの歯にも優しく好評だった。

「本当に明日からお休みいただいちゃっていいんですか?」

ランチ終了後の賄いを囲みながら聞かれた晃は箸を止めた。

「ええ。二人とも、夏休みを取ってお子さんたちと楽しんできてください。三日だけで申し訳ないんですけど」

橘亭開店以来、初めての夏で初めての連休。
この店はまだ始まったばかりだ。たまにはガス抜きをしないと息切れしてしまう。
思い切って休んでみることにしたのだ。

「店長は、礼子ちゃんとどこかへ出かけるんですか?」
「プールとか海とか? 思い切って初めてのお泊まり旅行とか!?」

女子高生のようにはしゃぐ二人は晃と同年代。自分たちはとっくに結婚して子どもも産まれ、家庭にどっぷりなので、他人様の恋愛模様に刺激を求めているらしい。

「あいにく、彼女は実家へ戻るらしいですよ。愛犬の具合が思わしくないとか……」

あらそう、とあからさまにがっかりする様子を見て、これから先たとえ彼女と楽しい夏を過ごしたとしても、黙っておこうと晃は決意する。

ご近所さんである彼女たちの広報能力は大家をも凌ぐだろう。想像しただけでも恐ろしかった。

「お疲れさまでした」

片付けも終了し、パートの二人が帰っていく。

夜の営業時間が来るまでしばらくはゆっくりできる。残っていたコーヒーをマグカップに注いで一息いれた。
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