平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
空になった弁当箱を受け取る。添えられている一言が、晃にとって大きな活力となっていることを礼子はどのくらい自覚しているのだろうか。

夕食は自宅で軽くすませてきたというから、昼間に作っておいたイカの煮物と、最近すっかり虜になってしまったという日本酒をグラスで出すと、礼子は満面の笑みを浮かべた。

残っていた片付けをすませ、翌日の仕込みをしそうになって「職業病だな」と苦笑する。毎日の作業がすっかり身に染みついてしまっているらしい。
グラスを片手にカウンターの礼子の隣に並ぶと、チンと乾杯をして一日の疲れをアルコールで流した。

「明日は早いの?」
「いいえ。お昼過ぎの電車で帰ります。すみません、せっかくの夏休みに一緒にいられなくって」

しょんぼりと眉を下げる。どちらかというと、礼子のほうが残念そうだ。

「俺は毎日のように会えるんだから、気にしないで。それより、礼ちゃんが帰ったら具合が良くなるといいね」
「……はい」

そう返事をしたものの、愛犬の顔を見るのはこれが最後かもしれないという覚悟があるのか、礼子の表情は冴えなかった。

晃が小さな頭をぽんぽんと撫でる。それくらいしか慰めの方法がみつからない自分が情けない。

「そうだ。今日、おもしろい物をみつけたんだよ。ちょっと手を貸して」

ポケットから取りだしたそれを、揃えて差し出された礼子の手のひらにじゃらりと載せる。

「うわっ! なんですか、これ?」

指で摘まんで目の前にぶる下げたのは、玉子焼き――の食品サンプルでできたキーホルダーだった。

「なかなか笑えるでしょ? ほら、お揃い」

晃が自分の分をじゃらじゃらと振ってみせると、礼子も嬉しそうに並べて振る。

「ありがとうございます。でも、この鍵ってもしかして?」

自分の鍵とよく似たものが付いているが、もちろん礼子の部屋のものではない。

「うん、俺の部屋の鍵。受け取ってくれるかな」
「っ!? それって、え?」

合い鍵を渡されたことに顔を朱くして、鍵と晃の顔の間で忙しく視線を動かしている。 

「礼ちゃんの気持ちが決まったら、一緒に住まない? もちろんすぐにとは言わないよ」
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