平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「え、え、え~っ! ホントにいいんですかっ!?」

興奮で目を大きく開き、紅潮させた頬を冷ますように、晃は両手で包み込んだ。

「当たり前じゃないか。できることなら今日からでも来て欲しいくらい。俺も三十五になって、焦ってるから」

冗談めかして零したのは紛れもなく晃の本音だ。だが、同棲を即日実行するには、少々年を取り過ぎた嫌いがある。

「でも、きちんと礼ちゃんの親御さんに話を通してからじゃないとね。大切なお嬢さんのことが心配だろうから」
「そんなことは……」

礼子が実家を出てからもうずいぶんと経つし、成人して仕事を持つ立派な大人だ。それでもやはり、晃としては道理を通しておきたいという想いが強い。将来を見据えるとなるとなおさらだ。

「明日、一緒にご挨拶に行けたら良いんだけど、さすがに急すぎるでしょ? まずは、俺っていう存在がいることだけでも伝えておいてくれると嬉しいかな。日をあらためてご挨拶に伺いたい、って」
「それはもちろん、言ってみます、けど……」

戸惑いながら言葉を紡ぐ唇を、晃は親指でなぞる。日本酒で潤ったそれは紅く、とても魅惑的だった。

「けど?」

礼子がアルコールで潤んだ瞳を向け、細い首を傾げる。

「晃さん、いつ三十五歳になったんです? そう言われてみれば、もうすぐって聞いてましたけど」
「ああ、言ってなかったっけ。……今日が誕生日だったんだよね」

三十路を越えた男性は、自分の誕生日に特別な意味など抱かないのが普通だろう。だが二十代女子には理解しがたい思考だったらしく、晃の手の内の頬がどんどん膨らんでいく。

「なんで教えてくれなかったんです!? そりゃあ、最初に聞かなかった私も悪いですけど。ああもうっ! プレゼントもケーキも用意できなかったじゃないですかっ!!」

尖らせた口はアヒルのように不平不満を言い募る。
< 79 / 80 >

この作品をシェア

pagetop