君の消えた青空にも、いつかきっと銀の雨

 黒くて細い、長さ数十センチのそれは、これまでのあたしの人生には、まるで無縁のものだった。

 あたしの家にはお仏壇なんてないし、両親のおじいちゃん、おばあちゃんも、まだまだ元気だし。

 身近な人の死っていうものを、まだ経験していないあたしにとって、その黒いものはとても異質で、不思議なものに見えた。
 
 位牌の前にはお水と、ロウソク立てと、お線香立てだけ。

 お花どころか、入江さんの遺影も飾られていない。

 彼女の写真を見ることになると覚悟して、ずっと緊張していたあたしは拍子抜けしてしまった。

 正直、違和感を感じるような殺風景さ。

 それともこれが普通なんだろうか? よくわからない。 

 凱斗も同じことを考えているのか、なんだか居心地が悪そうだ。

 もちろんどんな状況だろうが、居心地なんか良いはずがないけれど。

 お姉さんはテーブルの横にペタンと座り込み、なにもしゃべらず、虚ろな目で畳を見ているばかり。

 そんな沈んだ空気の中で、あたしと凱斗はおずおずと位牌の前に正座した。

 まず凱斗がロウソクに火を点け、お線香を立てて手を合わせる。

 静かに目を閉じて、そのままじっと動かない姿を、あたしは斜め後ろから見守っていた。

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