君の消えた青空にも、いつかきっと銀の雨

 でも入江さんにとっては違った。

 あたしを最高に幸せにしてくれた、まさにあの瞬間の雨こそが、入江さんの胸を引き裂く絶望の雨だった。

 凱斗が立ち止まり、手に持っていた傘を開いて、後ろのあたしを振り返る。

「…………」
「…………」

 傘を差す凱斗と、雨に濡れるあたしは無言で見つめ合った。

『入れよ。家まで送るから』

 あのとき、凱斗が言ってくれた言葉を思い出したら、泣きたくなるほど胸が切なくなった。

 もう一度あの言葉を言ってほしいと、心の底から思う。

 ねえ、あたしたち、すごく幸せだったね。

 傘の下で交わす言葉のひとつひとつや、歩くたびに靴先から跳ねる水滴や、少しだけ触れ合う肩と肩が、キラキラしてくすぐったくて、最高に嬉しかった。

 あたしと凱斗以外、ほかには世界なんて、ひとつも無かったね。

 それだけで笑顔になれて、それだけが、純粋に幸せだったね。

 でもいま……あたしたちに笑顔はないの。

 あたしと凱斗の間には、『入江小花』という世界があるから。

< 204 / 274 >

この作品をシェア

pagetop