諸々の法は影と像の如し
「う、ちょ、ちょっと。毛玉、見て来て」

 単なる死体でも嫌なのに、物の怪に食い荒らされていたら堪ったものではない。
 何も死体があると決まったわけではないが、章親は二の足を踏んだ。

 毛玉はそこまでは考えないようで、ほいきた、と章親の肩を蹴って、びょーんと穢れに飛び込んでいく。
 さすが、初めから何も考えずに章親に飛びかかって来ただけある。

 懐かしくて嬉しかっただけだったのだが、章親は忘れていたのだ。
 あんな状況、守道だったら滅していたかもしれない。

「気を付けなよ~」

 言いながら、一応章親もじりじりとその一角に近付いた。
 手は印を結んでいる。
 攻撃系はおぼつかないが、結界を張れば何とかなるだろう。

 それでも何とか毛玉の頭が見える位置で立ち止まり、嫌々ながら伸び上って様子を見る。
 毛玉はきょろきょろとした後、くりっと章親を振り向いた。

「別に何もありません」

「あ、そう」

 良かったぁ、と胸を撫で下ろし、やっと章親は毛玉の傍まで歩を進めた。
 確かに人の死体はおろか、虫の死体すらない。
 だが、穢れははっきりとある。

「……う~ん? どういうこと?」

 辺りを見回してみても、特に異変はない。
 訝しく思いつつも、とりあえず章親は呪を唱えると、印を結んだ指先に息を吹きかけた。
 その指で、地面を指す。

 少しずつ指差すところをずらしつつ、それを何度か繰り返し、穢れを囲むように一周すると、小さな魔法陣が出来上がった。

「砕」

 章親が唱えると、ぱし、と魔法陣の中に火花が散った。
 さぁっと穢れが祓われる。

「よし。これで大丈夫」

 強めの祓いを行い、澱んでいた空気を浄化する。
 その日はその一か所しか気になるところはなかったので、場の浄化を終え、章親らは屋敷に戻った。
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