諸々の法は影と像の如し
 屋敷の庭先で、章親の足が止まった。
 そこには何人かの雑色(ぞうしき)に押さえつけられた男が、禍々しい気を放っている。
 その前では吉平が、男に向かって懸命に呪を唱えていた。

「おお章親。手伝ってくれ」

 額に汗を浮かせた吉平が、章親の姿を捉えて焦ったように言った。
 吉平でもなかなか調伏出来ないらしい。

 が、章親はその場に突っ立ったままだ。
 足ががくがくと震えている。

 陰陽師でありながら、章親はこういった手合いが苦手なのだ。
 悪霊など恐ろしくて失神してしまう。

「章親!」

 吉平に叱咤され、章親は慌てて印を結んだ。
 とりあえず、場を浄化しようとしたのだ。
 が、その気配を察した男が、ぎ、と章親を睨んだ。

 姿は人間だが、明らかにおかしい。
 どこぞのお屋敷の下働きの者らしく、痩せた身体に粗末な水干をつけている。
 水干の下はどうだかわからないが、章親のほうを向いた顔は灰色で、白目を剥いた両眼が黄色く濁っている。

 まるで死人だ。
 ひぃ、と章親の喉が鳴った。

「章親! 怯むな!」

 吉平が叫んだ途端、物の怪憑きの男は、章親に向けて跳躍した。
 人ではあり得ない脚力で、一足飛びに章親に迫る。
< 14 / 327 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop