諸々の法は影と像の如し
「……宮様は、そこに来られているのか」

 先の章親の言葉など、聞こえなかったかのように、若者は全然関係ないことを呟いた。

「安倍の陰陽師ともあろう者が、こんなところにいていいのですか?」

 あくまで独り言のように静かに言いながら、若者はゆっくりと章親に目を向ける。
 若者と目が合った途端、章親はぞくりとした。

 何が変わったわけでもない。
 だが何かヤバい。

 固まる章親に、若者は僅かに目を細めた。

「……さすが、と言うべきか」

 若者が言ったとき、さぁっと風が吹いた。
 目にかかるほど長い若者の前髪が乱れる。
 章親も思わず顔を背けた。

---え……---

 視界の隅で一瞬見えた、若者の顔。
 その額に、何かの印があった。

「そなたがここにいるということは、森は手薄か……?」

 素早く前髪を直した若者が、やはり呟くように言い、章親は弾かれたように森を見た。
 何かが起ころうとしているのか。
 だが特に、森に異変は見受けられない。

「どういう意味?」

 言いつつ顔を戻した章親は、目を見開いた。
 橋の上には章親しかいない。

 橋の上なので周りに木があるわけでもない。
 どこへも行けないはずなのに、若者の姿は忽然と消えていた。

「……うっそ……」

 きょろきょろと周りを見渡した後、章親は森へと走った。
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