諸々の法は影と像の如し
 あの姫君を使って惟道の血を混ぜた酒を宮中に振り撒けば、都の中心人物たちは一気に始末出来る。
 だが人を操るなど、そう簡単ではないのだ。
 恐怖のみで支配しようとした姫君は、案の定日常生活もままならなくなり、屋敷の中で伏しがちだという。

---人など、そんなものだ---

 鬼に食い荒らされた死体を見て、正常を保てる者など、そういない。
 ましてそれが近しい者の死体であればなおさらだ。

 蘆屋屋敷であったことを口外しないことも言い聞かせたが、あのままだとそのうち親でも介して陰陽師に相談が持ち込まれるのも時間の問題ではないか。
 そうなれば口を割るのは目に見えている。
 言えば鬼に食われる、と脅したところで、それを撃退するのが役目の陰陽師の元に逃げ込めば、素人目には安心だ。

 人食い鬼が、どれほどの脅威かは、実際鬼と対峙しないとわからない。
 陰陽師の力量によっては、助からないこともあるのだが。

---使えない駒など、さっさと始末してしまえばいいのだ---

 惟道はそう思うのだが、道仙はなかなか姫君を殺せと言わない。
 一応情を通じた仲だからか。

 何の官位もない道仙が、落ちぶれたとはいえ宮家の姫君と直接会うには、相当な時と策を要した。
 その間に情でも湧いたのかもしれない。
 くだらない、と思うが、惟道にはどうでもいいことだ。

---この宮に飲ませるものに、血を混ぜることが出来ればいいのだが---

 検非違使と陰陽師は去り、眼下には宮様の他には陰陽師三人と巫女一人。
 五人とも、清浄な空気に包まれている。

---とりあえず、今あの五人には手出し出来ぬな---

 早々に諦め、惟道はするすると木から降りると、川沿いを遡って本殿のほうに歩いて行った。
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