諸々の法は影と像の如し
「安心せぃ。こ奴がいきなり飛び掛かっても、我がついておる故、心配いらぬ」

 にっと笑う。
 何とも頼りになる言葉だが、何となくそうなれば再び獲物を打ち据えられるというような、嗜虐的な嗜好が見え隠れするような。

 何であれ、今は確かに御魂がすぐ近くにいるので安心だ。
 そう思うと少し心が落ち着き、章親は深呼吸すると、印を結んだ。
 目を閉じ、呪を唱える。

「おお……」

 その場にいた者から、感嘆の声が漏れる。
 章親が呪を唱えた途端、さっとその辺りに渦巻いていた邪気が祓われたのだ。
 これほど簡単に邪気を祓える者も、そういないだろう。

 最後に章親は、印を結んだ手を男に向けた。
 ぼわ、と指先が光り、ゆるゆると伸びた光の矢が、地に横たわった男の腹に刺さる。
 ぱぁっと男の身体全体が光り、一瞬だけ黒い煙が身体から抜け出ると、灰が風に流されるように霧散した。

「……」

 息を詰めていた人々が、ほぅ、と息を漏らす。
 光が消えたときには、ただの初老の男が地に転がっているだけだった。
 肌の色も普通と変わらないし、妙に尖った爪が伸びているわけでもない。

 もっとも身体中に殴打の痕はあるが。

 無事浄化出来たことに、ほ、と息をついた章親は、よろりとよろけた。

「お、おっと」

 慌てた様子で、御魂が錫杖を握り直す。
 章親は苦笑いして、襟首に引っかかっている錫杖を外した。

「ありがとう。もう大丈夫」

 章親が言うと、御魂は何故か焦ったように、こくこくと頷いた。
 憑き物の落ちた男が家人に連れられ去った後で、章親はようやく自室へと引き上げた。
< 18 / 327 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop