諸々の法は影と像の如し
 その日はすでに暗くなってしまったので、そのまま本殿に泊まることになった。
 ただでさえ人食い鬼の出没する都を、日が暮れてから歩くのは危険極まりない。
 まして鬼の標的、宮様を連れてなど、とても出歩けるものではないのだ。

「み、宮様にこのようなところにお泊り頂くのは……」

 神官は心底困ったようだが、当の宮様は何ら気にすることなく、今は上座にしつらえられた几帳の向こうで眠っている。

「なかなかな肝っ玉の宮様だなぁ」

 守道が、呆れたように几帳を見た。
 一応宮様の周りには結界を張ったが、怖くないのだろうか。

「我はああいったあっさりした女子のほうが好きじゃがな」

 飽きているのか、神官が用意してくれた脇息に寄りかかり、錫杖の先で毛玉をくるくると回しながら、魔﨡が言う。

「どうじゃ、章親。宮に通えば」

「じっ冗談!」

 いきなり言われ、章親は思い切り仰け反った。

「宮様ってお上の妹だか姪だか親戚だかだよっ! そんなお人に、一介の陰陽師が通えるわけないでしょっ」

「そうか? 人というのは面倒くさいのぅ」

 錫杖の先でくるくる回っていた毛玉が、あ~れ~と言って落ちて来たのを受け止めながら、章親は大欠伸をする魔﨡を見た。
 身分が違い過ぎるので、宮様に通うなど端から頭にないが、そもそもどこかしら魔﨡に通じるような雰囲気の宮様となど、そんな対象に見られない。

---破天荒なのは魔﨡だけで十分だよ---

 内心、そっと思う。
 ほぼ初めて親しく触れ合った女子が魔﨡やこの宮様だというのは、ある意味不幸かもしれない。

「で? どうする? 人食い鬼は残念ながら存在した。その上取り逃がした。主であろう者のこともよくわからない。……はっきり言って手詰まりだな」

 伸びをしながら守道が言う。

「とりあえず、宮様は明日の朝早くに、内裏にお送りしよう。明けてからすぐだったら全てが澄んでるから、一番安全だし」

「そうだな。いつまでもここに留まっておくわけにもいかないしな」

 章親や守道だって、ずっとここに籠っているのはご免だし、吉平は陰陽の頭(かみ)である。
 いつまでも陰陽寮を空けておくわけにもいかないのだ。
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