諸々の法は影と像の如し
「うわわわ。すみません」

 慌てて章親は、すささーっと部屋の隅、ほとんど簀子まで飛び退った。
 章親と宮様の間には、几帳はおろか御簾もない。

 扇で顔を隠すこともしていないのだ。
 貴人としては、あるまじき態度である。

「そういう態度、どうかと思うわ」

 不機嫌そうな声に、恐る恐る顔を上げると、ぷーっと頬を膨らませた宮様と目が合った。
 その意外な反応に、思わず章親は吹き出しそうになった。

 が、慌てて顔を伏せる。
 宮様を見て笑うとは、なんたることか。

「い、いえ。あの、ですが……。み、宮様とは身分が全く違うわけでして……」

「そこは私が気にしてないんだから、問題ないでしょう」

「そ、そうであってもですね……。それ以前に、宮様は女性なのであって。お姿をそのように曝すことが問題なのです」

「間に御簾や几帳を何枚も重ねられちゃ、こっちでは何が起こってもわかんないでしょ。そんなの、ここにいる意味ないでしょうが」

「そ、そうであっても、せめて扇で顔を隠すぐらいはしていただきませんと、わたくしとしても落ち着きませぬ」

「まー。今更何? 若いのに固いのねーっ」

 固いも何も、常識なのだが。
 大袈裟に仰け反ってきゃんきゃん言っていた宮様だが、簀子に平伏する章親があまりに困っているのがわかったのだろう、不承不承ながらも、上座に戻った。
 さらさらと衣擦れの音がし、ぱら、と扇の広がる音が、章親の耳に届く。
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