諸々の法は影と像の如し
「あいつの言う通り、道仙って奴が大したことはないのなら、万が一結界を張られても、これを経由して紺を呼べる」

「う、うん。そうだね」

 さしたる力もない、ということが、どの程度を指すのかはわからないが、相応の力であっても、すり抜けるぐらいは出来るはずだ。
 章親も、急いで護符を門柱に貼り付けた。

「ねぇ、ところで君。君は何て言うの?」

 先を行く若者の背に声を掛けると、彼は前を向いたまま、変わらぬ口調で答えた。

「惟道」

 何だか全てに感情がない。
 何を聞いても表情は変わらないし、口調も同じ。

 僅かに先程見せた笑みらしきものが、唯一の表情の変化だ。
 存在すら曖昧に思えてくる。

「これみち……。守道の縁者みたい」

「やめてくれ」

 小さく、守道が不満そうに言った。
 肩を竦め、章親は用心深く屋敷の中を見回した。

 思ったより広い。
 造りも立派で、都の貴族のお屋敷のようだ。

「今のところ、結界を張られた感じもないね」

「そうだな。つか、人の気配がないな」

 広い屋敷なのに、使用人の姿が見えない。
 そう考えて辺りをよく見てみると、なるほど、なかなか荒れている。
 表のほうは掃除されているようだが、奥のほうまでは手が回らないようだ。
 回廊の隅には砂埃が溜まり、天井には蜘蛛の巣も見える。

「こちらでお待ちを」

 かけられた声に前を見ると、惟道が一つの妻戸を開けて、その前に控えている。
 もう一度周りを見回してから、二人は部屋に入った。

 その際にも、妻戸の傍に護符を貼っておく。
 屋敷中に結界を張るより、部屋一つに張るほうが容易だ。
 念入りに逃げ道を確保し、部屋の中に腰を下ろすと、惟道は特に妻戸を閉めるでもなく、そのまま去って行った。
< 228 / 327 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop