諸々の法は影と像の如し
「砕」

 軽く唱えただけで、紙は、ぱし、と砕け散った。
 質の良くない式だ。
 飛んできたことがすぐにわかるなど、何の役にも立たない。

「道仙が、こちらの様子を気にし出したようだな」

 ちらりと簀子の先に目をやり、惟道が言った。
 おそらく惟道の戻りが遅いので、様子を見に式を飛ばしたらしい。

 鬼に章親らを襲わせるつもりだったので、始末がついたか気になったのだろう。
 現場に足を運ぶのは危険だ。

「そろそろ勇気を出してこちらに来るやもしれぬ。奴からすると、お主らは飛んで火に入る、というやつだからな。去るなら今ぞ」

「え、えっと。僕ら、帰ってもいいの?」

 惟道の立ち位置が、いまいちよくわからない。
 だが道仙のことを特に慕っているわけではない、ということはわかった。

 が、主の道仙が章親らを討とうとしているのであれば、目の前で逃げるのを見逃すというのは命に逆らうことではないのか。
 駄目、と言われても困るのだが、とりあえず章親は目の前の惟道に聞いた。

「別に帰すな、と言われているわけではない」

 変わらぬ能面の返答。
 そうは言われなくても、殺せと言われているも同然なのではないの、と心の中で突っ込むも、声に出したところで反応はないのだろう。
 魔﨡が、さっと立ち上がり、ぐい、と章親の襟首を引っ張った。

「だったらとっとと帰ろうぞ。ここの空気は澱んでいて好かぬ」

 何て失礼なことを! と焦る章親をずるずると引っ張り、魔﨡は表門のほうに歩いて行く。
 ちらりと惟道を見た後、守道も二人の後を追った。

 その後ろ姿を、相変わらずの能面で、惟道は見送った。
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