諸々の法は影と像の如し
「忌々しい安倍の陰陽師め!」

 持っていた杯を、惟道に向けて投げようとし、思い止まって己の足元に叩き付ける。
 軽い音を立てて、杯が砕け散った。

「安倍の屋敷に、穢れを送り込め!」

 そう叫び、道仙は懐に突っ込んだ手を引き抜き、掴み出した紙切れを惟道に向かって投げつけた。
 はらはらと落ちたのは式神だ。

 ふ、と惟道は平伏したまま息をついた。

「恐れながら、このようなものでは安倍の屋敷には入れますまい」

「穢れは通せぬか」

 うむむ、と道仙が唸る。
 そうではない、と惟道は冷めた目を向ける。

 道仙の式など、正規の陰陽師である安倍の屋敷に忍び込めるわけはないのだ。
 陰陽師どころか、ちょっと力のある者であればわかるだろう。

 だがそれを言ったところで、道仙の怒りを買うだけ。
 どうせ諦めないのだから、面倒なだけだ。

「それであれば、お前が直接安倍家に穢れを付けに行くがいい」

 不意に視界が陰った、と思った惟道の前に、道仙が膝をつく。
 そして惟道の前髪を鷲掴みにした。

「折角の機会を台無しにした、己の失敗じゃ。己の身の程をわきまえ、命令に忠実に従うのが犬の役目よ」

 露わになった額の印に蔑みの視線を投げ、道仙は惟道を突き飛ばすように、掴んだ髪を放した。
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