諸々の法は影と像の如し
第二十三章
 朝靄の中を、惟道は一人歩いていた。
 昨夜道仙は、荒れた気分のまま酒をかっ食らって寝てしまった。
 あの調子では日が高くなっても起きないだろう。

 いっそのこと、道仙の酒に血を混ぜられたら。
 今まで何度となく思ったことが、また心に浮かぶ。
 ふ、と息をつくと、惟道は軽く頭を振った。

 出来ないことはわかっている。
 そんなことが出来るのであれば、この気持ちがもっと強かった昔に実行していただろう。

 額の、鬼の印を封じている九字紋。
 これは道仙の父・道満が編み出した最強の護符だ。

 これを惟道に施すときに、道仙は己の血を混ぜた。
 鬼を封じる紋に己の血を混ぜているので、あの鬼は道仙のことは襲えない。

 道仙がそこまでするのは、惟道の反撃を恐れているからだ。
 道満亡き後、それまでの道仙の鬱憤を一身に受けて来た惟道を恐れている。
 惟道自身はそもそも感情の起伏の乏しい人間だったこともあり、積極的に反抗したことはないのだが、その静かさが、返って不気味だったのだろう。

 道仙の下から解き放たれれば楽になることはあろう、とは思う。
 だが別に今の暮らしに不満もないのだ。

 道仙の不条理な怒りを向けられることも慣れているし、馬鹿げた計画に加担して都の人間が死んでも、特に何も思わない。
 鬼にも餌が必要だ、と思うだけだ。

 この何事にも何の感情も湧かない惟道だからこそ、道仙にとってはいい器であり、また感情が読めないだけに信用できない下僕でもあるのだ。
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