諸々の法は影と像の如し
 惟道は血の滴る手をだらりと下げたまま、しばし鬼を見つめていたが、ふ、と息をつく。

「試したかったことを確かめただけだ」

「た、試したかった?」

 何のことだかわからない。
 確かめただけ、と言うが、一歩間違えば道仙は人食い鬼に襲われていた。
 幸い結界のお蔭で、鬼は先程から道仙を狙っているものの、少し離れたところからじりじり窺うだけだが。

「道仙は俺にこの術を施したときから、鬼は召喚者である道仙を襲えない、と教えてきた。そういうもんかと思っていたが、はたして本当にそうなのか」

「い、今まで試さなかったの? 機会はいくらでもあったでしょ?」

「別に道仙に、殺すほどの不満はない」

 淡々と言う。
 章親は守道と顔を見合わせた。

 惟道の生い立ちと、後の蘆屋家の人々への感情からして、惟道が道仙を好いているとは思えない。
 実際に目にした道仙の態度から考えても、道仙が惟道にそれなりの待遇を与えていたとは思えないし、むしろ道満が亡くなったのをいいことに、弟の立場から使用人の立場に落として、いいように使って来たのではないか。

 挙句鬼の餌にした。
 それでも惟道は、道仙に恨みはないと言うのか。

「ていうか、こいつにはそういった感情がないんだろ」

 守道が、惟道を顎で指して言った。
 相変わらず、惟道は手の傷を庇うでもなく、無表情で鬼を見ている。
 躊躇いなく己に傷をつけるところといい、痛みも感じないのだろうか。

---ヒトでないみたい……---

 ぞく、と章親は寒気を感じた。
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