諸々の法は影と像の如し
 章親の気が乱れたせいか、張ったはずの結界も解けている。
 迫る鬼から惟道を庇おうとした章親に、鬼が飛び掛かった。

「うっうわっ」

 一応章親にも惟道の血は付いているのだ。
 今鬼は、もう惟道を食うことしか頭にないようだが、穢れの付いた章親も認識できる。
 邪魔なものを排除しようと、取り付いた肩に牙を立てた。

「ううっ!」

 章親の顔が歪む。

「あ、章親ぁっ!!」

 魔﨡が驚愕の声を上げた。
 章親は両手で肩に食いついている鬼を剥がそうとしたが、ふと思い止まる。
 今剥がしたら、惟道が食われてしまう。

 それに、食いついたまま下手に剥がすと、肩の肉がごっそり持って行かれるかもしれない。
 今、捕まえられる位置に、鬼がいるのだ。

 そう思い至り、章親は逆に、ぐ、と両腕に力を入れ、鬼を抱き締めるように抱え込む。
 力を入れたことで、さらに肩に牙が食い込み、章親は気が遠くなった。

「あ、章親!」

「章親! 放せ!!」

 守道と魔﨡が、口々に言う。
 だがそのまま章親は、震える声で呪を唱え始めた。

「あ、章親……。不動明王呪か」

 あらゆる不浄を焼き尽くす迦楼羅炎を操る不動明王。
 浄化術の中でも最も強い。
 術が成れば、瞬時に対象のモノを焼き尽くす。

 章親の腕の中で、危機を察した鬼が暴れた。

「……っ」

 呪を唱えている章親の顔が歪む。
 逃げようとする鬼を押さえつけている腕が緩みそうになるのを必死で堪えるが、鬼も必死だ。

 何とか章親から逃れようと、食いついている肩に、さらに牙を立てる。
 血が溢れ、鬼の顔を真っ赤に染めた。

「章親っ!!」

 魔﨡が、がらん、と錫杖を取り落した。
 力づくで鬼を引き剥がしたいところだが、今下手に手を出せば、折角の呪が破れる恐れがある。
 それがわかっているので、助けたくても助けられないのだ。

 悔しそうに歯を食いしばり、魔﨡は拳を握りしめた。
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