諸々の法は影と像の如し
 牛車の音に、惟道は屋敷の車宿りに足を向けた。
 丁度目立たない造りの網代車が一台入って来たところだった。

 するすると御簾が巻き上げられ、辺りを窺うように出て来たのは女子だった。
 女車ではなく網代車で来たのも、人目を避けるためだろう。

 すでに夕刻だ。
 今からこの屋敷に訊ねてきたら、帰りは夜になってしまう。

 夜に女子が出歩くなどまずないし、それでなくても夜盗の危険がある。
 男が使う網代車のほうがまだマシなのだ。

 もっともこの女子が帰れるとは限らないが。
 そう思い、惟道は女子に近付いた。

「道仙が弟にございます。どうぞ、これへ」

 短く言い、惟道は女子を促した。
 それなりの身分であるらしく、顔は隠したままだ。

 惟道は女子を先導しながら屋敷の奥へ進んだ。
 一人、女子より年上の女が従っている。
 女子の女房であろう、と、さして気にせず、惟道はまず道仙に言われていた西の対に女子を連れて行った。

「こちらでお待ちを」

 細く灯の入った部屋に、女子を通す。
 女房も当然女子の後に続こうとした。
 が、それを惟道が制する。

「女房殿は、こちらへ」

 訝しげな顔をした女房に少しだけ惟道が口角を上げる。
 能面のようだった顔に、笑みらしきものが浮かび、歳柄にもなく女房は目を伏せた。
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