諸々の法は影と像の如し
「こちらへ」

 再度促され、女房は主である女子に一礼すると、大人しく惟道の後についてきた。

「こちらでお待ちを」

 惟道が女房を案内したのは、がらんとした一つの部屋だった。
 特に何の調度もない。

 入口以外は三方壁の、小さな部屋だ。
 部屋の中央辺りに、今にも消えそうな灯が小さく揺らめいているだけ。

「あ、あの」

 少し不安に思い、女房が足を止めて惟道を見た。

「あ、灯りを、もそっといただけませぬか」

 女房の言葉に、惟道は特に動かなかった。
 ただ口元に、うっすら笑みを浮かべているだけ。

 相変わらず能面のような顔に、女房はぞっとした。
 本能が、この部屋にいてはいけない、と警鐘を鳴らす。

 女房は簀子に出ようとした。
 が、惟道が動くほうが早かった。

「ご心配には及びませぬ」

 女房よりも先に、戸に手をかける。
 きぃ、と小さく軋んで、扉は女房と惟道を隔てた。

「暗いほうが、恐怖も和らぎましょう」

 惟道の半月状の口からこぼれた言葉を残し、ぱたん、と戸が閉められた。
 慌てて扉に取り付こうとして、初めてこの戸には中からの取っ手がないことに気付く。
< 41 / 327 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop