諸々の法は影と像の如し
 女房は力任せに戸を叩いた。
 が、外からは何の反応もない。

 何度か戸を叩いた後で、女房は我に返った。
 何も全く灯りがないわけではない。
 それにここは、しがない術師の屋敷ではないか。

 単なる女房であっても、自分のほうが遥かに地位は高いはずだ。
 そう思うと、取り乱すのはみっともない。

 そう思うことで平常心を保とうとしていることに気付いているのか、無理に気持ちを落ち着けると、女房は灯りの傍に腰を下ろした。

「……全く。円座の一つもないのか、この屋敷は」

 気を紛らわすように、小言を言う。

「灯りも満足に使えないような者に、何の興味があるというのか……」

 ぶつぶつ言っていると、幾分気持ちが落ち着く。
 するとさっき感じた恐怖が馬鹿馬鹿しくなり、女房は興味本位に部屋の中をきょろきょろと物色し始めた。

 そこで、女房は気付いた。
 壁に、染みが沢山あることに。
 やけに暗いお蔭で、壁までなかなか光が届かないのだ。

 何の染みだろう、と思いつつ視線を滑らすと、染みはあらゆる壁に付いている。
 注意して見ると、まるで何かが飛び散ったようだ。

「……」

 どくん、と女房の鼓動が跳ね上がる。
 これ以上見てはいけない、と思うのに、目は壁を追ってしまう。
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