諸々の法は影と像の如し
 ゆっくりと動いていた女房の視線が、ある一点でぴたりと止まった。
 壁の隅、天井の境辺りに、やけに暗くなっているところがある。

---何かいる……?---

 変にそちらを見たほうが怖いと頭ではわかっているのに、目が離せない。
 女房は固まったまま、闇を凝視した。

「どうされた?」

 不意に背後の戸が開き、惟道が姿を見せた。
 全く物音がしなかったので、女房は安心するところであるにも関わらず言葉も出ない。
 固まっている女房を訝しく思うでもなく、惟道は手に持った小さな膳を床に置いた。

「どうぞ」

 膳の上の杯を差し出す。
 杯は一つ。
 あとは長柄の銚子が用意されている。

「あ、あの。あそこに……」

 ようやく女房が口を開いた。
 震える手を、部屋の闇溜まりに向ける。
 惟道はちらりとそちらを見ただけで、特に反応しなかった。

「古い屋敷で申し訳ありませぬ。何分正規に陰陽寮に出仕しているわけではない地下人なもので」
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