諸々の法は影と像の如し
「では、私はこれで」

 どこかぼんやりしていた女房は、腰を上げた惟道に、はっと顔を上げた。

「い、いえ。一人では心細うございます故、付き合ってくださらぬか」

 自分では必死で言ったつもりだったのだが、惟道にはそんな切羽詰った風に聞こえなかったのか、相変わらず薄い笑みを浮かべたまま戸に向かう。

「あのっ」

「……ここは術師の家。ご心配には及びませぬ」

 静かに言い、惟道は戸を開けると一礼した。
 弧を描く薄い唇が、やけに女房の目に焼き付いた。

 再び一人になった途端、闇がねっとりとまとわりついてくるような気がして、女房は振り向いた。
 そして、息を呑む。

 先程の闇溜まりに、大きな目が光っている。
 しかも一つ。
 人の口ほどもある金色の目が、ぎょろりと自分を見ているのだ。

 女房の口が開いた。
 それが合図だったかのように、目玉が闇溜まりから一気に飛び出してきた。

「!!!」

 女房の口から悲鳴が出る前に、闇から飛び出してきたモノは、女房の喉笛に食らいついた。

 どたん、と何かが倒れる大きな音がした。
 今しがた出て来た部屋の戸をちらりと振り返り、惟道は薄く笑った。
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