諸々の法は影と像の如し
第一章
 それから五日後。
 安倍の屋敷内の一室で、章親は項垂れていた。
 周りには御幣を刺して囲った結界が張られている。

「さぁ、これで多少のことでは何事も起こらん。安心せぃ」

 章親の父・吉平(よしひら)が言う。
 が、章親は暗い目を父に向けた。

「何事も起こらないのは、結界の外の話でしょ?」

 章親は結界の中にいるのだ。
 当たり前だが召喚者が結界の外にいては御魂は召喚されない。
 そう、今は章親の召喚の儀なのだ。

「つべこべ言うな。あまりにお前がビビるから、わざわざ召喚の儀を自邸で行っているのではないか」

 通常召喚の儀は陰陽寮で行う。
 当然ながら陰陽寮には多くの陰陽師がいるので、何かあってもすぐに対応できるからだ。
 安倍家や賀茂家のような強い家系の者は、自邸で行うこともあるが、それはかなりの力の持ち主だからだ。

 今回の章親の場合は、はっきり言うと例外である。
 おそらく父としては、多くの陰陽師らの前で無様な姿を見られるのを気にしたところもあるのだろう。
 章親のためでもあり、安倍家のためでもあるわけだ。

「お前の作る式は立派なものだ。自信を持って、さぁ、儀式に臨め」

 父に促され、章親はしぶしぶ前に据えられた小さな祭壇に向き直る。

「大丈夫だよ。自信を持て」

 少し後ろから、守道が声をかける。
 興味もあったのだろうが、やはり守道も心配だったようだ。
 朝一で駆けつけて来た。
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