いつものカフェで

出会い

私が初めてこの喫茶店に訪れたのはほんの偶然のことだった。
雲行きが怪しくなってきて、今にも雨が降りだしそうな天気の様子に折りたたみ傘の類を持っていなかった私は学校の制服が濡れるのだけは阻止しようと自宅までの帰り道のなかで見つけた喫茶店で暫く時間を過ごすことにした。
案の定、喫茶店で時間を過ごしてから数分も経たないうちに窓の外は豪雨と言わんばかりの土砂降りでとてもこの中、走って帰宅する勇気は無かったものだから少しでも雨が小降りになるのを待つことにした。
喫茶店のオーナーは別にいるらしいが、アルバイトとして…大学生ぐらいだろうか?若い男性が喫茶店に訪れる客のオーダーに一人で受け応えていた。接客も注文もほとんど一人でおこなっているというのにそこには無駄な動きのようなものはなくて、随分手馴れているようにも見える。
「お待たせしました。カフェオレ、でしたよね?」
店内を見渡すと私と同い年ぐらいの女性の客層が多いことに気が付いた。
それもそのはず。
彼女たちはきっと喫茶店のメニューよりも、このアルバイト店員に会いたいがために喫茶店に訪れているのは見え見えだ。
低すぎることもなく、かと言ってキャンキャンうるさいほどの高温ボイスというわけでもないアルバイト青年の声は、とても聴き心地が良いものだった。
接客もとても丁寧で、カップや水の入っているグラスに気がつけば客がお願いするよりも早くに「コーヒーのおかわり、水のおかわりはいかがですか?」と積極的にお客に気遣いをしてくれる。
大学生…にしては、ちょっと幼いような気がしたものの働いている姿はとても手馴れているものできっと喫茶店でのアルバイト経歴は長いのかもしれない。
年頃の男性と言えば遊び盛りというイメージがあったけれど、アルバイトに費やす真面目な人もいるのだと痛感した。
「ごちそうさまでした。凄く美味しかったです」
「それは、良かった。あ、雨もいつの間にか止んで良かったですね。でも、車とか自転車に水たまりの水をかけられないように気をつけてくださいよ?」
さりげなく気遣ってくれたつもりかもしれないが、女性客を引き寄せる効果は抜群らしい。
「また、時間があれば寄らせてもらいますね。そのときはもっとゆっくり出来る時間に来てみます」
「それは、大歓迎ですよ。俺もオーナーも歓迎しますからいつでも来てください」
「そ、それじゃ…また…」
「はい。またのご来店お待ちしていますね」
その店員の青年はわざわざ店の入り口まで見送ってくれると外の天気の具合を確認してから「帰り道、お気を付けて」と一言気遣いの言葉を告げて別れていった。
顔は…確かにイケメンに属される青年だったかもしれないけれど、いきなり一目惚れをしてしまうほど私は疎かではない。
どちらかと言えば私はゆっくりと時間をかけて恋愛を楽しんでいくタイプだからいきなり一目惚れをしたからお近づきになってみたいというタイプではないのだ。
「…でも、悪くないカフェだったなぁ…」
今度友達でも誘って顔を出してみようか…。
きっとイケメンの店員がいると宣伝してみれば食いついてくる友達は多いものだ。
女子高校生というものはちょっと歳上ぐらいのイケメンには弱い。
イケメンと付き合うことは出来なくとも、間近で視界に入れるだけで幸せ~!と夢見心地に浸っているイケメン大好きな友達も私の周りにはいるのだ。
アルバイトと言っていたけれど、とてもアルバイトが淹れてくれたコーヒーには思えないほどに美味しく感じることが出来たコーヒーだった。
もっと、コーヒーに対しての深い知識があるような人でコーヒー豆にも詳しく焙煎方法にも詳しくて一杯一杯のコーヒーに尽力をつくしているかのような…そんな丁寧さもあった。
単にコーヒーが好きなアルバイト青年、だと解釈してしまうことは簡単だったけれど、それ以上に彼からはコーヒーだけではなく、喫茶店に対しての深い情熱のようなものを感じさせることが出来た。
…まぁ、私も今日初めて足を踏み入れたばかりのお店だったし、それが本当がどうかも分からなかったけれど、それでも注文して運ばれてきたコーヒーの美味しさには驚くことしか出来なかった。
美味しいコーヒーを淹れる人って、もっと…こう…熟年のおじさん世代がカフェのオーナーとして働き、丁寧に時間をかけて淹れてくれるコーヒーをイメージしてしまうことが多いけれど、注文してからさほど時間がかかることもなくテーブルに運ばれてきたコーヒーは良い香りと、口に含んだときの程よい苦味が特徴でコーヒーに関しての細かな知識を持っていない私でもこの青年が淹れてくれるコーヒーはそこそこ美味しいのではないかと思えた。
こんな小さな喫茶店で働くよりも、もっと都会に近いところで自分のお店を開いたほうがより多くの人たちに注目してもらってたちまち人気のカフェとして情報が出回るようになるだろう。
…まぁ、実際にそうなってしまったら簡単には彼の淹れてくれたコーヒーを口にする機会は減ってしまうし、少々寂しい気もするけれど…なぜ彼はこんな…あまり自分で地元のことを評価するのもあれだけれど、あまり栄えていない場所で経営されている店舗の喫茶店でアルバイトなんてしているのだろう?
それがとても不思議で、印象に残った時間だった。
< 2 / 2 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

光のワタシと影の私

総文字数/100,005

青春・友情38ページ

表紙を見る
もしも沖田総司になったら…

総文字数/69,276

歴史・時代26ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop