星の音[2016]【短】
「妻とは会社で知り合いました……。いわゆる、社内恋愛というやつです」
「こんなおじさんにもそんな頃があったんですよ」と付け足した男性は、当時のことを思い出すように照れ臭そうに微笑した。相変わらず覇気がないのは変わらないけれど、ここに来た時よりは穏やかな顔をしている。
「今年で結婚してから二十五年目になります」
「じゃあ、銀婚式ですね」
そこでようやく口を開いた私に、男性は眉間に小さく皺を寄せた。それが不快感からできたものではないことはなんとなくわかるけれど、また暗い表情に戻ってしまった彼がどうしてそんな顔をしているのかはやっぱりわからない。
「そう、ですね……」
なにかを言うべきだろうかと考えたけれど、すぐに開きかけた唇を閉じた。だって、男性の話がまだ続くような気がしたから。
そして、その判断はたぶん正しかったと思う。
「でも、今年の結婚記念日は一緒に過ごせないかもしれません……」
男性は肩を落としてぽつりと言うと、顔を隠すように俯いてしまった。
再び沈黙が訪れ、店内にはまたオルゴールの音色だけが流れていく。
どう声を掛けるべきか、それともなにも言わずに待つべきか……。悩みながらなにげなく男性の足元に視線を遣った時、カバンのファスナーが少しだけ開いたままだということに気付いた。
同時にその隙間から見えたのは、見覚えのある形。
あれって……。
カバンの隙間から覗く物に気を取られていると、男性が深いため息を漏らした。
「私……リストラされてしまったんです……。先月に……」
震えるような声音で零された言葉で、ようやく彼の覇気のない表情の理由がわかった。
「こんなおじさんにもそんな頃があったんですよ」と付け足した男性は、当時のことを思い出すように照れ臭そうに微笑した。相変わらず覇気がないのは変わらないけれど、ここに来た時よりは穏やかな顔をしている。
「今年で結婚してから二十五年目になります」
「じゃあ、銀婚式ですね」
そこでようやく口を開いた私に、男性は眉間に小さく皺を寄せた。それが不快感からできたものではないことはなんとなくわかるけれど、また暗い表情に戻ってしまった彼がどうしてそんな顔をしているのかはやっぱりわからない。
「そう、ですね……」
なにかを言うべきだろうかと考えたけれど、すぐに開きかけた唇を閉じた。だって、男性の話がまだ続くような気がしたから。
そして、その判断はたぶん正しかったと思う。
「でも、今年の結婚記念日は一緒に過ごせないかもしれません……」
男性は肩を落としてぽつりと言うと、顔を隠すように俯いてしまった。
再び沈黙が訪れ、店内にはまたオルゴールの音色だけが流れていく。
どう声を掛けるべきか、それともなにも言わずに待つべきか……。悩みながらなにげなく男性の足元に視線を遣った時、カバンのファスナーが少しだけ開いたままだということに気付いた。
同時にその隙間から見えたのは、見覚えのある形。
あれって……。
カバンの隙間から覗く物に気を取られていると、男性が深いため息を漏らした。
「私……リストラされてしまったんです……。先月に……」
震えるような声音で零された言葉で、ようやく彼の覇気のない表情の理由がわかった。