星の音[2016]【短】
「仕事一筋で生きてきたのに、五十を過ぎてリストラに遭うなんて……」


男性の声は弱々しくて、泣いているのかと思えるほど。


「しがないサラリーマンですから、この歳で再就職先なんて見つかるわけもない……。仕事は見つけられず、妻にも話せないまま、気がつけば一ヶ月が過ぎていました……」


今日会ったばかりの人のことなのに、胸が痛くなるような気がした。そんな風に感じてしまうのは、先ほど男性が奥さんのことを話した時に見せた表情が優しくて、彼が奥さんのことを大切にしているように見えたからなのかもしれない。


「あいつはずっと専業主婦でやってきましたから、私がリストラされたなんて知ったら、きっと不安を感じさせてしまう……。そんな思いはさせたくないんです……」


男性はきっと、奥さんに心配を掛けたくない一心で本当のことを言えないまま、この一ヶ月を過ごしてきたのだろう。


「毎日笑顔で送り出し、優しく迎え入れてくれる妻の顔を見る度に……こんな自分が情けなくて……」


恐らく、今までと変わらずに朝家を出て、夜に帰宅する。仕事に費やしてきた時間で再就職先を探し、中には時間を持て余す日もあったのだろう。


「早く言わなければいけないと思うのに、妻の笑顔を見ると言えなくて……。それに、もしかしたらこんな私に愛想を尽かしてしまうかもしれない……」


俯いたままの男性の声はどんどん弱々しくなっていき、涙を堪えているのが伝わってきた。


夫婦には、ふたりにしかわからないことがたくさんある。だからきっと、私が言えるようなことは、男性はよく理解しているだろう。

それをわかっている私にできることは、やっぱりひとつしかない。

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