心が聞こえる
 夕暮れ時、飲み屋横丁とでも言うべき、居酒屋が立ち並ぶ道を、一輝は歩いていく。
 開店間近で、良い匂いを漂わせている店の一つに、一輝の母が営む、少し古めかしい感じの小さな木造の料理屋があった。
 一輝は、その店のガラスの引き戸をゆっくりと開く。
 足を踏み入れると、店のカウンターの中では、一輝の母、大山亮子(おおやまりょうこ)がお客さんに出す料理の準備をしていた。
「ただいま」
「おかえり」
 亮子は、にっこりと微笑みかけた。
 店は二十人位までお客さんが入れる程の大きさで、引き戸の正面にテーブル、その奥にはカウンターがあり、右手に座敷もあり、昭和の雰囲気を漂わせている。
「今日のオススメは何出すの?」
 亮子の隣まで来て尋ねる一輝。
「今日は、肉じゃがだけど……それよりも、今日は金曜日でお客さん多いから、頭痛がしたら無理しないでね?」
 と、亮子が心配そうに一輝に言う。
「大丈夫だよ。心配しないで」
 母親を心配させないように、満面の笑みで答える。
 亮子は、毎週金曜になると、毎回一輝が心配になって気を使う。
 しかし、そんな亮子が一輝は好きだった。
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