俺様オヤジの恩返し
命を救った音楽家
次の日も、その次も、将吾の『橘クラス見学会』は続いた。

二週間ほど過ぎた頃、

「私のピアノクラスの受け持ちは、これで全員。
ごめんなさい、生ぬるい指導であとが大変だろうけど、よろしくお願いします」


「いや、参考になった…。
脱落しそうな生徒も予想付いたし、何とかそっちに戻らないようにやってみるわ。
ダメだった時はよろしく」


あれ?……あれあれ?
俺様じゃないんだ。何だか不気味。


「そんなに慎ましい言い方されると調子が狂うんだけど」


「俺は、気が狂いそうなんだけど。
……あっち、いつ辞めるんだ?」


そっか、そうだよね、普通はそういう反応になるよね。


「来週いっぱい。
そう心配してくれなくても、長年やって来て仕事だって割りきってるから、
気持ちなんて入ってないんだよ?」


「客のモノも入ってないんだよな?」


「決まってるでしょ、なに言ってんの?」


「嫌なんだよ!
そうでなくても、誰にでも触られてるのかと思ったら…」


「ねえ……辞めてから、だとしても、そういうことを長い間やってきた女と付き合える?」


「もう、俺の女だから。理恵子はシンセサイザー奏者だから。

嫌なのは、気になるのは、今、現在進行形の事だ。
過去をどこまで遡る気だ?俺の女遍歴でも晒しておくか?
半世紀近く生きてれば、誰にでも汚点のひとつや二つあるもんだろ?
それも含めて今の自分があるんだろ?」


将吾は、私が思っていたよりずっと、寛大だった。






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