[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
「…ん…」
いきなりスタンドライトをつけたから、淡い光とはいえ眩しかったのか、彼女は瞼を震わせて細く目を開いた。
「ど、したの…?」
不思議そうに、微かに口角を上げた彼女を反射的に抱き締める。
きっと、さっきまで泣いていたんだろう。
思えば彼女はいつも僕より先には寝ない。
僕の腕枕の中で、僕の背中をポンポンと叩きながら微笑む。
一日の最後に瞼の裏に残るのはいつも彼女の笑顔だ。
こんな寝起きで、意識だって覚醒していないはずなのにそれでも彼女が笑うのは
上手く泣けなくなった変わりに与えられた代償。
そう思うと彼女の笑顔がひどく憎くなった。
愛しい彼女の愛しい微笑みでさえも見たくなくなる様な。
笑顔よりも涙が見たいと、望むのは変なのだろうか。
「あなたの…前で泣きたくないって、言ったばっかり…なのにね…」
きゅっと僕の胸元の布地を握って彼女は僕を見上げた。
「いつも泣いてたの?」
「…たまに」
「僕が寝た後?」
「あなた朝まで起きないもん」
彼女が珍しく眠る前にコーヒーを淹れてくれたのは…
「今日だけ、気付いてほしかったの…」
バツが悪そうに、ほんの少し唇を尖らせる彼女はいつもよりもだいぶ幼く見える。
思わず、ふっと笑ってしまった。
「これからは毎日コーヒーを淹れてくれる?」
「え…?」
「君が下手くそに泣く所を見たい」
悪趣味、と笑った彼女の泣き顔は今までで一番、綺麗だった。
(不器用な君が愛おしい)
(20180414)